伝統とともに成長する、不器用なヒロイン
朝ドラになかった新たなヒロイン像
タイトル「ちりとてちん」は落語に由来したネーミングで、落語家という道と出会えたことで自らの人生を振り返ることができ、新たな将来への展望を遂げる成長物語である。一般的に朝ドラのヒロインは、持ち前の明るさと根性を武器に目の前の困難を乗り切ることができるといったキャラクターの設定が多かったように感じる。しかし、ちりとてちんのヒロイン、喜代美は、不器用で消極的、周囲の人と比べられて常に劣等感を抱いているという人物像で描かれている。他の人に隠れ、何がしたいのか分からないまま家を飛び出し、たまたま出会った落語に幼い頃大好きだった祖父を感じてそれが縁で落語家になる決意をする。社会には、明るく元気で、前向きな人ばかりが存在しているわけではない。必ず、自分は自らの振る舞いが不器用だったと感じている人がいるはずだ。幅広い人が、模索しながらも人として成長を遂げるヒロインの姿に勇気付けられたに違いない。180度回転させた目線は、次の15分を楽しみにさせる構成にさせた。
日本文化を見直す二つのテーマ
ちりとてちんには、二つのテーマがあるように感じる。それは、不器用なヒロインの成長と、日本の伝統の継承だ。この日本伝統を通じて喜代美は自分の道を確立していくのだが、わざわざ、落語と福井伝統芸能の若狭塗箸の存続を並べたことに意図を感じる。そして大きな見所となっていく。昔ながらの手法で若狭塗箸を作る喜代美の父と、機械を導入して大量生産する工場を経営する喜代美のライバル・清海の父の対立は、現実の地元商店と大型スーパーの競争のような問題を思い出す。両者は古き良きものを残す考えは同じとして和解に至るが、IT社会として新しいものが次々と入り込む中、もうひとつの良さを残すという両立の必要性も問うているテーマだ。落語に関しても、一度落語家を辞めた師匠を弟子が情熱を持って説得し続ける。それが繰り返されることが、喜代美が落語家となるきっかけとなった。この二つを両極にすえたことで、日本の文化を見直す機会を作り、ストーリーとして深みの増す、構成となっている。また、福井と大阪を舞台とすることで、見る場面を変え、同じ場面で見飽きるといったことがなかった。
ヒロインを引き立たせる名脇役
内容だけ見ると、堅苦しいイメージのあるドラマである。しかし、実際はコミカルで楽しげな映像だ。すべての登場人物のキャラクターが濃い。堅苦しいイメージの人物もいればひょうきんな人物もいる。でもどんな人もどこか天然で、両極端な性格を持つ人物たちがうまくまとまる要因としている。特に、喜代美の母や叔父の明るくて軽い性格が、真面目で頑固な喜代美の父の隣にいることで伝統工芸へのイメージを一新しているような気がする。父の性格が伝統へのこだわりや情熱を表し、母や叔父の性格がいつでも手に届く気軽さを表しているように見えるのだ。また喜代美の兄弟子の繰り広げる掛け合いや恋愛模様が気持ちの良いリズムとなっている。ただ、ヒロイン・喜代美の人物像を語るのにはずせないのは、ライバルの清海の存在だ。同姓同名、性格は正反対、そして親同士も同じ職人で手法が異なり対立しがちという誰が見ても比較対象されるのが目に見える人物設定である。非のうちどころなく、誰からも慕われる清海は、消極的で心配性な喜代美にとって目の上のたんこぶのような状態だったであろう。ただ、学生時代は清海が喜代美を友人として感じているところから、周囲の勝手な比較が喜代美の不器用さを助長しただけで、二人の対立としては描かれていない。テーマは学校ではないことから焦点を外して、社会人になった清海の挫折で初めて描かれる。コミカルなドラマの中で少しだけスパイスとなっているが、人からうらやましいと感じられる人物になってきたこと、それを経て成長する姿を表現しているように感じる。
常にコミカルに徹し、おもしろく
このドラマには、さまざまな伏線があり、それぞれの人物がキーワードを持っていたりする。後になって、「あぁあの時」と思い返してみるのも面白い。各登場人物がキーワードを持つことで、ヒロインの成長には、それを見守り、助ける周囲の力もあったことを主張させている。そして、喜代美と夫となる草々の結婚式が前触れもなくやってくるのも、コミカルな要素を生み出しているし、訴えたいテーマが一貫していると感じられる。そんなところが、DVDの売り上げを伸ばした一因になったのだろう。ヒロインは後に妊娠・出産し、落語家を引退して母になることを決意する。それは自身の母への思いが再確認できたからだ。振り返れば、落語家になったことも最後母に徹する覚悟ができたのも、周囲にいる大事な人から影響を受けたことによる。持ち前の明るさで突き進むという人物像でなく、こうした周囲の人に支えられ、自分の生き方や展望を抱き、自信をつけていく人物像は、つい応援したくなり、見ていて達成感を感じてしまうドラマであった。
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