原初の萌えを描いた作品 - ナルミさん愛してるの感想

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ナルミさん愛してる

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画力
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演出
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原初の萌えを描いた作品

4.54.5
画力
5.0
ストーリー
4.0
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

確立されている作品世界

この作品は山川直人氏の作品です。それだけで伝わるものがあるかもしれません。実際、山川氏はその独特な画風によって知られている作家です。かけあみという技法を多用したその絵はある種独特な印象を読み手に与えてくれます。トーンを一切使用せずに描き挙げられている本作はデジタル時代に逆行する作品と言えるかもしれません。ですがそれは時代遅れと評するようなものではなく、極めて貴重で素晴らしい作品世界を構築する技法なのです。

本作を読めばかけあみという表現方法がいかに豊かな表現であるかが分かるはずです。陰影という要素を記号ではなく息づく生物のように描いた本作は単なる無機物ではなく有機物の集合体となって私達の眼前に現れます。暖かい、もしくは生々しい作品世界の息遣いが感じられるでしょう。山川氏の作品はどれもこうした生物的な色彩を帯びているのです。

作品世界を確立するということは漫画家にとって大きな主題ですが、山川直人氏はそれを実現した作家です。新技術や新技法といったものではなく、一つの世界としてそこに存在しています。本作ではどういったものを描いているのか見ていきましょう。

萌え以前の萌え

物語はぬいぐるみの「ドミノ」の視点から可憐な少女「ナルミさん」を描いたものとなっています。ナルミさんがこれまたかわいらしく、どの場面をとってもやっぱりかわいいのですが、現代的な萌えとは一味違うかわいさなのです。それは言わば「萌え」というものが公言される以前の「萌え」要素と言えるでしょう。ほのかに香る少女の香りのような、余韻を残すようなかわいさです。決して直接的に男性目線を意識したかわいさ、ではなく少女の心理の奥底から発せられる萌えと言えます。むしろこれは萌えという表現が相応しいかどうかさえ疑わしいかもしれません。少女をかわいいと思う純粋な心、そうしたものを思い起こさせてくれるでしょう。

萌えがオタク文化で共通言語として認識されるようになり消費され一般化する中で、その意味合いは薄くなりました。いわば誰でも把握できるお約束のような、簡単なものとなったのです。もちろんそれはそれでオタクにとって面白いものですが、それは最早個人的な経験ではありません。集団の中で共有される一種のコミュニケーション的な概念です。そうしたものではなく、原初の萌え体験を得られるのが本作と言えるでしょう。萌え以前の萌え、これこそが本作の主要な要素なのです。

少女の成長の中で消え行く存在

ナルミさんの所有物であり語り手のドミノは元彼がゲームセンターで獲得したぬいぐるみです。生活の中でナルミさんは成長し、やがて新しい彼の元へ行くときにドミノを1人部屋に残し去って行きます。最早ナルミさんは新しいステップを踏み出し、ドミノは不要な存在となってしまいました。そこにドミノの存在する理由は最早ありません。そして物語は終わりを迎えます。

ドミノはナルミさんにとって元彼との繋がりを示す象徴でした。ナルミさんはか弱い少女なので誰かと繋がっていなければ生きていけず、元彼と別れたにも関わらずその温もりをぬいぐるみに求めたのでしょう。ああ、萌え。

ですがナルミさんはしっかりとそのことを自覚しています。ドミノに元彼を重ねることはなく、ただ薄い温もりを宿した仮宿のように捉えているだけなのです。決してドミノに依存するのではなく、新しい関係を段々と築いて行きます。ドミノとは最初から空中に浮かんだあやふやな存在なのかもしれません。

そしてナルミさんの現実における関係が充実するようになると、ドミノはその役割を終えることになります。予め定められていた運命に従うようにドミノはそれを受け入れ、ナルミさんも別れを告げるのです。

ドミノ視点から見る効果

この作品はナルミさんを描いているのですが、ドミノ視点の語り口が入ります。ですがドミノは物理的にナルミさんへ何かができるわけではありません。もちろん夢の中に入る超能力なども無いのです。こうした設定はある種、まるでナルミさんの生活を覗いているような心境になってしまいます。

通常、主人公が1人で漫画の中で行動する場合、読者は主人公と自分を重ねあわすことができ、主観的に物語を読み進めることができます。ですが本作ではドミノという観察者を置くことでナルミさんの生活を覗き見る感覚を味わうことができるでしょう。ナルミさんが純真なだけあって、時にはいけない事をしているかのような印象を抱くかもしれません。

1人の女の子としてナルミさんを見守る、というドミノの存在はナルミさんを神秘的な存在にもしてくれます。ナルミさんの思考は本作では描かれておらず、もっぱらその発言や様子のみでしか心情を伺うことはできません。ナルミさんは1人の独立した個人であり、決して読者にとっては同一化の対象ではありません。ドミノという観察者が存在することでナルミさんの存在が強化されているのです。

独立した存在を対象とした原初の萌え漫画

本作はナルミさんという可憐な少女を観察し続ける作品です。純真無垢な少女が成長し、やがて他者との関係を築きドミノとの別れを切り出すとき、読者は喪失感を得るでしょう。コンパクトな出会いと別れを描いた秀作です。

また、1人の個人としての女の子、神秘に包まれた女の子、決して同一化できない存在としての女の子を描ききった原初の萌え漫画と言うことができるでしょう。

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