恋をすっ飛ばした関係も悪くない
ゲイと干物女のハートフルストーリー
これはですね、いい話です。ヒロインのマキが女としては終わっているんじゃないかってくらい、仕事だけやってる人間で、それが渚というゲイの同居人と出会ったことで自分自身と、家族と向き合ってもう一度生きていく。逆に渚も、男子校のイケメン美術教師でありながら、ゲイにこだわる自分自身、家族との向き合い方をマキから学んでいく。けっこうな長編で、いきなりすごい展開はやってこないです。少しずつ、少しずつ、あいまいだった気持ちが確かなものになっていく。嬉しかったことや、感動したことや、つらかったことを、時間をかけて消化していくストーリーになっています。
マキと渚の周りの人たちも、実はとてもあたたかな人ばかり。マキのしこりになっていた、父親との確執、渚をずっと苦しめてきた大切な兄・翼の想い、そして母親の気持ち。それぞれにそっぽを向いていた気持ちが、溶けて混ざり合っていくような、そんなあたたかさがあります。マキは正直に父親と向き合っていればよかっただけのことだったし、渚も早く兄の墓参りに行って、その想いを受け取っていたら、ゲイにはならなかったのかもしれない。いろいろな手違いがそれぞれのこれまでの人生にあった。だけど、すべてはここにつながっていたのかもしれない。はじめから「家族」というのが大きなテーマになっていて、相容れることのないはずだった渚とマキが、家族になることが必然だったかのようにも思えるこのつくり、うまいです。
ベジタリアンの手料理によだれが出る
料理がですね…すごい。うまそう。よだれが出ます。料理上手な渚が本当に素敵です!毎回1品以上の手料理が登場し、それによっていつもこじれたものが戻っていき、より深まります。手料理の絵も細かいし、食べるマキが本当においしそうに食べるので、たまりません。時間帯を問わず、作りたくなったら作るという渚のスタイルもまたリアルな感じがあっていいですよね。料理好きな人って、作りたくなったら作るって人が多いじゃないですか。あー本当に料理をする人なんだなーって。すべて野菜をもとにしている、ちょっと手の込んだ料理。真似したい…というより、食べさせてくれ!作る手間を考えたら、やっぱり食べさせてもらいたい…ごめん渚。
誰かに食べて喜んでもらうことが、何よりも渚にとって嬉しい事。日々モヤモヤした気持ちを抱えながらも、料理がそれを癒してくれるし、食べてくれる人がいるだけでうれしくなる。こんないい男、ゲイじゃなかったら誰もほっとかないんだろうけどね…
料理本なの…?ってほど、レシピはしっかりと紹介してくれます。だけど、本編の物語の進行も怠りません。そのあたり、作者さん相当がんばったんじゃないだろうかとお察しします。料理はおいしいものじゃないといけないし、その時の場面にあった料理でなければならないし、その料理を自然と物語の中に登場させなければならない。大変な作業だったことでしょうね。おかげさまでずいぶん楽しませてもらったと思います。
おいしい要素をふんだんに盛り込んで
物語に出てくる要素は本当にふんだんにあります。ゲイと干物女だけでもおもしろいのに、料理、兄との仲たがい、兄の想い人、父親との確執、母親と父親の物語、渚とマキのことを理解したうえで見守ってくれるマスター、会社の人たち…それぞれに、少しずつ、マキと渚を成長させてくれています。料理がおいしいだけじゃない。取り巻く人間模様がおいしいところだらけなわけです。
何か悲しいことや、イラつくことや、負の感情が自分を埋め尽くしても、いつも野菜が、ハルバルファームの野菜が、それを癒してくれる。今までこんなに大切なものを捨ててきたんだなーってわかったら、もう実家を継ぐのは確実でした。だから、最後の展開は本当におもしろい。病床に倒れた父親を想うも、自分の仕事も捨てられずにいたマキ。彼女を救おうと渚は高校教師を辞め、ハルバルファームを継ぐことを決める。そして、お互いがお互いの道を進むために、同居を解消した…あーついにそれぞれの道を歩むんだね…悲しいけど、大人だからできる前向きな決断だった。マキの気持ちには答えられないけど、ハルバルファームを継ぐことで救いたいと思う。その気持ちはどちらも本当で、だからこそ、近くにいてはいけないということ。想いだけじゃままならない世界を、そのまんまみせてくれていると思います。若いうちは、なんであーしたい・こーしたい、絶対このほうがいいのにどうして通らない?とか、壁にぶつかって壊してみたり跳ね返されてみたりする。大人だからこそできる成長の軌跡がつまってますね。
楽しい事ばっかりじゃない
男女の関係のない、穏やかな同居生活。渚は家事ができるけど、オネエではない。マキはキャリアを積んでとにかく上がっていこうとする女。そりゃー障害は山のようにありました。楽しい・嬉しいだけが人生じゃないってこと、嫌というほど教えてくれます。だけど、渚とマキが一緒に暮らして、お互いがお互いのダメなところもいいところも全部わかる。そして何より、外面をつくらなくてよく、なんでも正直に見せられる。これができる関係があるなら、もう上等なもんですよね。というか、みんなそれが欲しくて恋愛するんだろうよ。性的な意味で求めるのではなくて、この人好きだなー一緒にいたいなーって気持ちが大切よね。渚はマキの仕事を頑張る姿が好きだし、マキはそのまんまの渚が好きだし。自分がやりたいと思うことをがんばるという選択肢と、誰かのためにがんばるという選択肢と、大人になって自由になったからこそ選択肢はたくさんあって、どれを選んでも、失敗しても成功しても、それは全部自分の責任になる。だから大人は「にがくてあまい」。あらゆる選択肢を持ち合わせているからこそ、つらいものがある。選択肢のないうちはそのことに不平不満をたれるのに、あればあったで困ってしまう。欲張りな人間の道は答えのない道です。
唯一、達観していたのはマキの母親ですかね。大切なものを失う気持ちがわかっているから、したたかにもなれるし、優しくもなれるんだなと教えてくれます。
家族のかたち
お互いが男女の関係にはなれないとわかっていながら、家族になることを選んだ結末。これは感動的でした。渚のゲイはトラウマに由来するものであるということだったので、結局は打開されるのかと思ったんですけど、そんな簡単なものではなかった。まぁ、すでにいい大人だし、嗜好を変化させるのは厳しいものがあるかもね。それでも家族として、人としてマキを好きだということが、何よりもご褒美だなと思いました。マキはずっと、認められたかった。何もないところからのし上がり、自分という人間にご褒美を与えられたかった。それをかなえてくれたのが渚だから、もうこれ以上の幸せってないですよね。子どもにとっての3年なんてものすごい長いけど、大人にとってみれば全然大したことない。歳を重ねても変わらないものがあるってことが、どれほど嬉しいものなのか。いつもそれをかみしめて生きていきたいよね。
お母さんとお父さんの恋愛話もよかった…お父さん、お母さんをつかまえられて本当に良かったね。二度もお母さんに辛い思いをさせなくて本当によかった。これからは、いつも渚の欲望のまなざしを受けるかもしれないけど、仲良く生活していってほしいものです。にがくてあまい大人のストーリー。野菜に例えるのがうまいよね。
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