素人には手に余る手法
ミニマリズムの映画
ミニマリズムという言葉があって、もともと美術や音楽での批評用語ですが、映画ではジム・ジャームッシュ監督の作品に対してよくこの形容が使われます。
つまり、劇的なプロット展開を避け、俳優の演技も日常生活とほとんど変わらないような抑制されたものに徹することで、これまで気づかなかった生活の断面を示そうというスタイルです。
確かに出世作となった「ストレンジャー・ザン・パラダイス」から、近年の「ブロークン・フラワーズ」や「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」にいたるまで、ジャームッシュ作品には激しくドラマチックな要素が希薄で、普通の人間であれ吸血鬼であれ、登場人物が妙に諦観を帯びた趣があります。
ジャームッシュ自身が口にしているように、日本では似たような作風の持ち主に小津安二郎という偉大な先達がいます。小津は戦前の「父ありき」、そして戦後に製作した「晩春」「麦秋」「東京物語」などの傑作によって、劇的な身振りによるバタ臭いドラマ性がなくても、人生の底に触れるような深い情感を持った物語を描けることを証明しました。
つまり、日本人にとって、ジャームッシュ作品に見られるような抑制の利いた語り口は馴染みのあるスタイルなわけで、畳、座卓、着物といった生活様式自体が、ミニマリズムとまではゆかないにしても、動きの少ないホームドラマを、日本人にとって好みの映画ジャンルにしてきた実情があります。そして、それは邦画が興行的に衰退した後でさえ、テレビドラマという形で、現在にいたるまで命脈を保っていると言えます。
ジャームッシュ作品の弱点
ただ、ホームドラマでは小津のような映画でもはっきりとしたストーリーがあるのに、ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ではプロットが甚だ希薄です。そのかわりに、部分部分のスケッチの積み重ね、あるいはその文体による面白さで長編映画を成り立たせる手法を使っています。すぐにわかるように、このような芸当は小説ならともかく、映画では非常に困難なものです。
ジャームッシュという人は芥川龍之介や上林暁のような資質の持ち主らしく、脚本家としては本質的に短編作家なのでしょう。自らの脚本で長編として作った「デッドマン」や「ブロークン・フラワーズ」が、なんとも焦点の定まらない凡作にとどまり、結局は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」が最高作として記憶されているのは、プロット構成を行う才能に乏しいのだとしかおもえません。
「ワラライフ!!」の目指したもの
この「ワラライフ!!」ですが、おそらく目指そうとしたのはそのミニアリズム的な映画で、日常の些細な事に注目することで笑いを生み、それを束ねた上にノスタルジックなスパイスをまぶすことで、一本の長編映画が成り立つとの計算があったのでしょう。
芸人としての木村祐一監督の舞台を一度見たことがありますが、自分の日常を淡々と語ってゆくスタイルで、派手さのない地味な芸風だった記憶があります。その自分の芸風を、演出作としては二作目ながら、脚本執筆のイニシアティブを取ったのはおそらく初めてとなるこの作品に、導入しようと試みたのだと思われます。
手に余る手法
ただ、先に述べたように、こういう手法というのは、よほどのスタイルの洗練がないと映画としてよく出来たものにはなりにくいので、一本映画演出を経験したとはいえ、事実上素人にしかすぎない木村祐一監督にはあまりに手に余る手法であり、題材です。
これを諌めるプロデューサーがいなかったのが不思議ですが、どのようにでも好きに作れる製作上の自由が与えられていたのか、見る目を持った映画のプロがいなかっただけなのか、どちらかでしょう。お笑いなら客の反応によってすぐに分かるその手法の良し悪しが、製作段階ではどうなるか分からないというのが、映画の難しさです。
案の定、その出来上がりを見ると、スタイルが成り立ってこそ見応えの生じる「現実」というものが、その肝心なスタイルなしに示されているだけ、ということになっています。つまり、まるで面白くない話をただただ棒読みしているような、全く味気ない内容で終わっています。
行うべきだった工夫
この作品を駄作にしないようにするにはもう少しきちんとしたプロットを中心に据え、キャラクター描写に重きを置くような工夫をするべきだったと思います。しかし、一作目の「ニセ札」、そしてこの二作目を続けてみた限りでは、それを木村祐一監督に求めるのは、無い物ねだりにすぎないのかもしれません。
素人なら素人なりに、せめて時代考証をきちんとするぐらいの誠実さは見せて欲しかったのですが、本職が他にある監督さんでは、そこまでの熱意も起こらないというのが実情でしょう。
ストーリーのない長編映画がどれほど退屈か忘れていましたが、それをたっぷりと思い出させてくれました。眠らずに最後まで見ることのできた自分が偉いと思うほどです。
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