なんて切なくなるタイトルなんだろうか
自称「クズ」たちの切ない恋愛模様
女子高生の花火は幼い頃から知り合いだった担任の鐘井を「おにいちゃん」と呼び、恋をしている。一方、花火の「彼氏」の麦は、中学時代の家庭教師だった音楽教師の皆川に恋をしている。
花火も麦も、互いに自分自身の恋が実らないことを知り、付き合っている。この恋愛が不毛であることを知りながら、持て余す欲情をぶつけるためだけに付き合いを続けているーー「かけがえのある」恋人関係。花火は麦とのこの恋人関係を、「クズ」と呼んでいるのだ。
花火と麦だけでない、花火の親友であり、花火を好きな「えっちゃん」こと絵鳩早苗こと、麦のことを好きな「モカ」こと鴎端のり子も時折主人公として話の主役となる。そして真性のクズ(と、疑う必要もないだろう)ビッチ皆川も、「奪う」側である自分の心情の語り部となる。
叶わない恋と、歪んだ愛情、愛と欲の狭間をたゆたう登場人物たちの物語、それが『クズの本懐』なのである。
形だけの恋愛に意味があるのか、他人を求めることとは一体なんなのだろうか。
『クズの本懐』は、恋愛を無節操に求める人間たちの目を覚まさせてくれる作品だ。
自虐系タイトルがぴたりとハマる作品
『クズの本懐』は決して画力が高い作品ではない。この表紙絵だけを見たり、中身をペラペラめくったりするだけでは、漫画を買おうという気は起きないだろう。
だが、その本領は中身を読みこんでこそ味わうことが出来るのだ。
主人公たちの濃厚な心理描写と、そこから来る飾らない本音のセリフ回しやモノローグ。自分を「クズ」と自虐したくなる花火の気持ちも、えっちゃんを求めてしまった弱い(というのも、そぐわない言葉か)気持ちも、とても共感できてしまうのだ。
漫画は、嘘をつくものだ。理想化された人間、強い自分、特別な能力。それらを持ちうる人間こそが、物語の登場人物となり、世に出ている多くの漫画作品はどんなに「俺はごく普通の高校生~」と名乗っても、そこへ非日常がやってきて物語を織りなすものである。
だが、『クズの本懐』に登場する人物たちは、容姿以外は軒並み平凡で、性格もリアルだ。驚くような非日常が起こる訳でもなく、空から可愛い女の子が降ってくる訳でもない。
リアルをうたった漫画は最近では珍しくはない(特に女性漫画では、当たり前のようにもなっている)が、人間の心の弱さ、流される気持ちや心の醜さまで表現している漫画は多くはないだろう。だからこそ、自分のしていることに疑問を持っている読者の心に突き刺さるのだと筆者は思う。
果たして、自分のことを好きな人間が、この日本にどれだけいることだろう。自分を心の底から好きだと言ってくれる人間はいるか。自分の良いところも悪いところも、努力も堕落も見てくれる人はいるか。絶対にゆるぎない友情を感じたことのある人間はいるか。教室のなかに言っていることが全く揺るぎない芯の通った人間はいるか。熱血教師はいるか。真面目な学級委員長はいるか。たった一度の学級会でいじめが根絶するクラスは存在するのか……。
メディアのつくった「リアル」もどきを訴えながら、嘘ばかりの漫画。そのなかで、徹底して「生臭い本当のリアル」を描いた作品は珍しい。
『クズの本懐』はエンターテイメントのために用意された作品ではない。漫画化された、文学作品なのである。
とてもとても好きで、欲しいはずの「おにいちゃん」にどうしても告白出来ない苦しみ。自らをクズを嘲りながら、麦やえっちゃんを求めてしまう。一歩が踏み出せず、甘い言葉や現状に甘んじてしまう気持ち。こうした花火のどうしようもない自己矛盾と自己嫌悪は、読者の心に響いてやまないのだ。
画力さえ向上すればもっと良い作品になるだろう
惜しいかな、内容は優れている『クズの本懐』は、画力的にはいま一歩といったところだ。
やはり女性作家の特徴というべきか、線が細く、女性キャラクターや心情描写にかけては素晴らしいが、男性の顔や横顔にまだ未熟さが見える。いかにもスクエニらしい作家といってしまえばそれまでだが、万人向けする作品にはなりえないか。
ただし、内容がこれまでにない作品であるためか、すでに人気があり、累計は65万部を達成。2017年にはノイタミナ枠でアニメ化されるという情報があるなど、人気作品への階段を確実に上っていると思われる作品である。
ゆえに、画力の未熟さは今後足を引っ張る可能性がある。絵柄の問題とか、味のある下手という訳でなく、デッサン的に完成していないのだ。これがアニメという舞台に立てば、確実に批評の的になってしまうだろう。作品そのものを見ようとしなくなる人もいることだろう。メジャーになって変な悪評が立つ前に、まず地盤を固めてほしいものだ。
本当に良い作品であり、作者自体もまだ若いので、これからの成長に大いに期待したいところだ。
こういう作品こそ実写化に向いていると思うのだが、テレビ屋たちは本当に何を見て制作しているんでしょうねぇ。
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