お受験狂騒曲の先にあった地獄
あくまでもフィクションとしての一考察
この小説は、過去に本当にあった事件をモチーフにしているらしい。うわー、そうなの?こんなバカバカしいこと、本当にあるの?…お受験に関係ない人、子どものいない人はそう言って嗤うかもしれない。だけど、お受験というものを経験していない私でも、こずえちゃんを手にかけてしまったのぶ子の気持ちが全くわからないわけではない。途中までは。だって、のぶ子は自分が殺したのは幼い頃の十和子だと思っているんでしょう。娘のライバルになるこずえちゃんを殺してしまうというのなら、うなずける。お受験ってそれほどまでに、気持ちがこじれて理性を保てなくなっていくものだもの。夜中に無言電話をかけ続けたり、脅迫状を出したりするのは、よくある話らしい。ホントかウソかは知らない。ただ、私はゲスい小説が好きなので、それはみんな本から得た知識なのだ。実際のことは何ひとつ知らない。でも、こずえちゃんじゃなくて、十和子を殺したと言っていることがこの小説の救いになっていると思う。そこまでのぶ子を追い詰めたのはお受験の現実ではなくて、幼いときから捕らわれていた自らの母親に対する行き場のない想いと、十和子に抱き続けた劣等感だったのだ。十和子のように「いい子」になって母親に愛されたかったのだということを、娘の美涼のお受験で改めて悟ったのではないかと思う。私も人の親として、母親が他家の頑是ない子どもを死なせるという話について語るのは苦しい。しかも、実在した事件がある。だから、これはあくまでも、のぶ子が心神喪失に至った理由の物語として受け止めることにした。
それにしても、この小説は幼稚園受験でしょ。すごい取り組み方だなあ。幼稚園がダメなら、小学校があるし、小学校がダメなら中学校がある。受験のチャンスって何度もあるのに、過熱しているんだなあ。私が子育てしてきた土地はお受験とは縁のないところだったので、違う世界の話だわ。まず、第一に庶民だし。庶民が背伸びして、セレブやプチセレブと肩を並べようったって到底ムリだもの。ピアノ教室に絵画教室、受験専門の塾…それに先生への贈り物だけじゃなくて、その家族へのバースデープレゼント。いくらお金があったって足りなくない?世の中にはそういう世界もあるってことですな。うらやましい。どっちかと言えば経済的にはのぶ子のほうが圧倒的多数なのにね。
娘に対する自己投影
のぶ子はどうして、美涼ちゃんばかりにこだわったのかな。子どもは二人いるのに。お兄ちゃんの時はそんなに熱くなってなかったのに。そこは、男の子と女の子の違いなのかしら。のぶ子は、こずえちゃんと美涼ちゃんに、十和子と自分を重ねていたのかもしれない。こずえちゃんのせいで今度は自分の分身である娘の美涼ちゃんが、過去の自分のような苦しい想いをすることを恐れたのかもしれない。
私は、自分が自分の娘がちっとも自分に似ていないことが、少し不安で少し楽しみだった。私の子どもものぶ子の家と同じで、学年でいうと二つ違いの兄と妹なのだ。息子は、私に似ていて考えていることが何となく分かって育てやすかったが、娘は全然何を考えているか想像できなくて、ある意味、私をイライラさせた。不条理なことで怒ったりして、申し訳なかったと思う。全く自分の思い通りにならなくて、態度に出してしまった。出来のいい息子と比較したりして、傷つけてしまったこともあったかもしれない。その反面、この子は私にはないものを持っていると思って楽しんでもいた。思いがけない言葉や行動に嬉しい意味で驚くこともたくさんあった。のぶ子と美涼ちゃんは似ていたことが悲劇だったのかもしれない。どうしても美涼ちゃんに自分を重ねてしまう。自分の長所が見つけられなかったから。結婚して変われると思ったのに、そうはならなかった。気の毒。お兄ちゃんをいい子に育てた自分をもっと肯定してあげられれば良かったのに。
引き返すチャンスに気づけない悲劇
のぶ子が事件を起こす前に、踏みとどまるチャンスが何度もあったと思う。例えば、公園で出会ったママ。子どもが全身で親に甘えられる時期が短いことを語ってくれた。ピアノ教室の月謝を十和子が心配してくれた時。それは余計なお世話だと思うけれど、そのアドバイスを素直にきくことが出来ないほど、周りが見えなくなっていた。公園で美涼ちゃんがスコップのことで、芳江の息子と揉めたときも、卑屈になることはなかった。芳江が「美涼ちゃんは悪くない」と言っていたのだし。お受験に反対しながらも、のぶ子の言いなりになっている旦那にも大きな責任があったと思う。ビシッと言っていればこんな悲劇は起きなかったのに。妻の苦悩をわかってあげられない旦那なんて、何の意味があるのよ。あ、お給料稼いでくれるか。
父親にもっと早く会いに行っていれば、もしかしたら事件を未然に防げたかもしれない。自分を理解してくれる人が必ずどこかにはいる。それは父親だったのかもしれない。愛された記憶をたどることをすれば良かったのにな…。
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