呪いの正体は
本との出会い
私は怪談を渇望していると時々思うことがあります。ですが、巷でよく見かけるような短かい怪談は、もう見尽くしてしまったというか、どのお話を見ても、どこかで聞いたようなお話のように感じてしまいます。
かと言って、新しい作家さんが書いた物は、ちょっとファンタジーすぎてあまり好きになれないものが多い。そんな中、この「憑き歯」は、そんな私の怪談欲をとても満たしてくれました。
ファンタジーと怪談の違い
さっきファンタジーすぎるものは好みではない、と書いたのですが、そのくせ怪談好きを掲げてる私は矛盾しているかもしれません。確かに、この世にはない理で起こる怪談現象の数々を、実際に目撃する人もいますが、私は生まれた時からそういう能力は持ち合わせておらず、見たことも体験したこともないのだから、有り体に言ってそういう怪談話は信じていません。
いくらお寺で5,6人の友達を一緒に遊んでいて、「あそこの墓石におじいさんが座っている」という私にはどうしても確認できないおじいさんの存在を、友達に主張されても、(それが例え、たった一人の主張ではなく、その時お寺にいた5,6人の子供たちのうち、二人以上の主張だったとしても)やはり自分で見ることが出来なければ信じることはできないので、私にとって怪談話はやはりファンタジーです。
ですが、怪談話は、この「ファンタジー」という言葉のもつカラッとした感じの中に、怪談話は、私の中では含まれていません。難しい線引きなのですが、怪談話は、実際に見え隠れする、現実の歪みを具現化させたようなもので、それはとても興味深い分野なのです。私の性格がひん曲がっているだけとは思えません。過去の過ちに対しての呪詛、差別された状態での心の歪み、未練を残して死んだ、死にきれない魂など、私にも起こりうる、小さい人生のいくつもの体験からでも、人は容易にどこかで呪詛に至った心境を推し測ることができるのではないでしょうか。
そういうドロドロしい話を身近に感じて、興味を持つのは自然のことです。
斬新な題材
なんか言い訳がましいことをつらつらと長い間書いてしまいましたが、そんなわけで、私はこの本を読むに至りました。表紙のおぞましい感じにももちろん惹かれましたし、「歯」という題材もあまり見ないものだったように思います。
目や髪の毛は、よく怪談話では出てくる題材ですが、歯は意外とありませんよね。
ちなみに皆さんは歯医者の時に、治療中突然、何かの説明をするために歯医者さんに、手鏡を持たされて、口の中を覗くように言われたことはありますか?
私はつい最近それを経験しました。治療中の歯をしたかったのでしょうが、ほとんど原型をとどめぬ程に削られて芯だけになった歯と乾ききった唇のおぞましさを思い出すと、なるほど、歯は充分怪談話の材料になる、と感じてしまいました。
ストーリー
この物語は以前家族の一人(語り手の一人である咲希の姉)を事故でなくし、そこから歯車が狂い始めて、今ではあまり幸せとは言えない日常を送っている、そんな家族にスポットライトを当てて進んでいきます。語り手は咲希という高校生の女の子と、そのお父さんの間を行き来します。お父さんは昔の資料などを研究する立場の仕事をしており、その事が、この怪奇現象と、その怪奇現象をただただ受けなければならないという被害者、というよくある呪詛物の怪談話しの構図から少し別のものにしています。
語り手の一人であるお父さんはいうなればその道のエキスパートで、もちろんどこかの土地の土着の呪いなどは知らないにしても、その調べる術や、どのように伝手を見つけるか、などを心得ているという安心感が、読んでいるほうにも、そのまま伝わってきます。
女子高生である咲希の方は、姉を失った時の事故のショックで声を失っています。ただ、ここで少しうるさいことを書くと、私はなぜかこの声を失っている状態をしっかり私に着地できないまま、物語を読み進めてしまっていました。それは語り手として、咲希のその時の思いなどは随時物語の中に出てくるし、それを発信するためのブログも咲希自身も書いているので、物語の中で、声が出ないために友達との間で誤解が生じたり、不自由する部分があるのですが、それがすとんと私の中に入ってこなかったのです。声を失っているという特異な条件をこの高校生に付けたのなら、もうちょっとこの子が秘密めいて描かれている方がしっくり来たのかもしれません。
全く読者は何を考えるかわかりませんね。自分でも呆れますし、怪談の読みすぎで、きっとある種のルーチンを当てはめてしまっているのかもしれません。
問題の歯に憑りつかれるのが咲希なのだから、もうそれで納得すべきですね。
とにかく昔の呪いのようなものを持った歯は人を殺したくなる、という非常に厄介な性質を持っています。それが昔の悲しい事件と交差し、クライマックスを迎えます。
あまり長々とあらすじの説明はいらないと思うので、次に感想に移ります。
疑問点
私がこの本を読み進めていくときに、たくさんの謎が出てきました。
「きっと最後につながりが出てきたり、フラグ回収!となるのだろう」と思っていたので、あまり気にせず、読み進めていました。
すべての謎が解決しているかは、もう一度読み返してみないとわかりませんが、(すべての謎を覚えているわけではないので、)でも、やはりちょっと歯切れの悪い気分を感じるということは、どこかで謎のままの部分があるのかもしれません。
そこを私はなりに深読みしてみることにします。
私はクライマックスで車の中の二人に襲ってくる1年前に亡くなったお姉さんのイメージが、物語の中でずっと語られていたお姉さんとは全く違うもので、そこが何となく気になりました。これは結局、本当のことはどうであれ、咲希が(もしかしたらお母さんも)そう感じていたことが、このクライマックスに現れてきたと、私は解釈しました。
つまり咲希は、1年前の事故で自分がお姉さんが縋ってくるのを、振り払ってその結果、お姉さんは溺死してしまった、と考えてそのショックによって声を失っていたわけですが(文中ではお父さんが事故当初「真希」の名前しか叫ばなかったことが原因と言われていますが、当たり前に咲希には、自分が殺してしまったかもしれないという心のつかえはあったと思います。)
私がなんとなく腑に落ちないというのは、咲希が、車でのクライマックスの何日も前から、少しずつ変わってきていました。この描写はきっと性格が真希のようになってきていた、ということなのだと思います。憑き歯が生えたことによって、この変化が起こり、その期間での回想シーンで、自分は姉を殺していなかったんだ、という結論にたどり着くのです。
だからあのクライマックスの姉の豹変ぶりがちょっと違って見えるのです。
実際、咲希は憑き歯が出てきたころから、何かが吹っ切れたように明るくなり、それに伴って、何かの衝動に突き動かされている自分をはっきり感じるようになります。
性格が明るくなっていく、という特性が憑き歯の呪いに含まれているという記述はあったでしょうか。そうでなければ、その明るい性質は姉のものであったという事実がもっとも自然です。(なんせ咲希自身はそうではなかったのだから)それでも憑き歯が生えたのは咲希であって、姉ではありません。どこかが矛盾していると感じるのです。付加的に語るにはちょっと大きすぎる事柄、「姉を1年前に失っていて、しかも、もしかしたら自分が殺したのかもしれない。そのために声を失った」という事柄は、ある1つのことであって、それは呪いではないのです。前回憑き歯がやらかした殺人はずっと前のことですし、そうなると、憑き歯の呪いと本筋で「取り憑かれる咲希」は物語の中で交差しない。咲希の殺した者たちは、「以前妹に殺された姉の怨念」と「憑き歯の怨念」によって殺された、ということなのかな、と思わせるクライマックス。
皆さんはどう思うでしょうか。私も自信はありません。この根幹ともいえる「怨念の出どころ」という部分以外は、文句のつけようのない、ぐいぐいと引き込まれていく物語でした。
まとめ
私個人的には、かなり斬新な、それでいてオーソドックスな怪談好きが満足できるお話だったと思います。
ただ、作り物が極度に嫌いな私は(作り物でない怪談が好きな、とは言いませんが(笑))大きなトピックを2つ入れられてしまうと、不自然になる気がしてしまいます。クライマックㇲもそこまで盛り上がらないでいい派なので、うるさいことを言ってしまいました。きっと長文の小説はそういうわけにもいかないのでしょう。
お話自体はとてもおいしくいただきました。
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