千年を経て蘇る”元祖”現代解釈版「とりかへばや物語」 - ざ・ちぇんじ!の感想

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ざ・ちぇんじ!

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千年を経て蘇る”元祖”現代解釈版「とりかへばや物語」

4.54.5
画力
4.5
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.0

目次

古典の原作「とりかへばや物語」と漫画「ざ・ちぇんじ!」

漫画「ざ・ちぇんじ!」は、平安時代末期に成立した「とりかへばや物語」をベースに、作家の氷室冴子氏が執筆した少女向け小説「ざ・ちぇんじ!」を漫画化したもので、いわば”現代解釈版とりかへばや物語”です。女性的な若君と男性的な姫君が、成人した暁に、姫君は男子として、若君は女子として宮中に出仕し、この男女の入れ替わりによって引き起こされる様々な困難や紆余曲折を乗り越えて、最後は二人とも本来の性に戻って幸福になる、という物語の大きなテーマについては、小説・漫画ともに、ほぼ古典の原作どおりとなっています。

しかし、その一方で、原作を少女向けに大きく改変・割愛している箇所が多々あり、それがこの作品を軽やか且つ極めてロマンチックな読み物にうまくまとめ上げている反面、ギャグ要素の挿入と、”大人の”エピソードの欠落によって、リアリティの欠如や妙なもどかしさが生まれているのも事実です。もちろん、少女向けにアレンジされた物語をそのまま漫画化した作品ですから、小説の乙女チックなエッセンスを余すところなく描き出すことに成功した漫画家としての山内直美氏の力量には感嘆します。概して、古典の作品を忠実に漫画化しようとすると、テンポが悪くなってしまったり、連載雑誌がターゲットとする読者層には過激すぎたりするのも事実なので、「ざ・ちぇんじ!」は、氷室冴子氏の小説を生き生きと再現した漫画として秀逸の出来栄えであることには相違ありません。

原作との相違点:其之壱

さて、原作と決定的に異なる部分は、大きく分けて四つあります。一つ目は、主人公の綺羅中将が”妖しの恋”に目覚めた宰相中将に強引に言い寄られて唇を奪われるものの、何とかその場を切り抜けて、女であることは露見しないという点。原作では、宰相中将に女であることを見破られた権中納言は、相手のなすがままに操を奪われてしまうので、物語の肝となる部分が完全に異なっています。原作・漫画ともに、宰相中将が”男”である綺羅中将・権中納言に対して恋心を抱くというボーイズラブ的要素は共通していますが、その後の展開が全く異なることは特筆に値するでしょう。

原作との相違点:其之弐

二つ目は、このいわゆる”接吻事件”により、綺羅中将が妊娠したと思い込んで失踪するという点。ここがまさに少女漫画と言われる所以で、主人公を何とか純粋無垢のままに保とうと苦心しているのが垣間見られます。主人公が接吻だけで妊娠すると思い込んでいるという設定が、リアリティに欠けて興覚めする原因の一つになっているわけですが、原作では、宰相中将と逢瀬を繰り返している間に権中納言は妊娠してしまい、出産を間近に控えて、宰相中将の別荘に身を隠し、無事男児を出産するという流れになっています。確かに、原作は生々しすぎて、とてもロマンチックとは言い難いものになっているので、乙女の夢を壊すような展開は避けて正解だったのかもしれません。

原作との相違点:其之参

三つ目は、失踪して宇治で暮らしていた綺羅中将を弟の尚侍が探し当て、二人がついに入れ替わり、尚侍となった綺羅中将が主上と”めでたく”結ばれるという点。漫画では、二人の秘密を知る女東宮が協力して、主上に入れ替わりが露見しないように一芝居うつことで大団円を迎えます。一方、原作では、弟の尚侍と再会した権中納言は、宰相中将の目をかすめ、生まれたばかりの男児を泣く泣く置いたまま都へ戻り、弟と入れ替わって尚侍として宮中へ出仕します。そして、それからしばらく経ったある夜、かねてから尚侍に慕情を募らせていた帝が、尚侍の寝所に忍び込んで想いを遂げ、処女ではないことを訝しみつつも、ますます恋心が深まって、そのまま女御入内の運びとなります。このように、原作はリアリティをとことん追及し、当時の読者である貴族たちが、現実に宮中で起こりうるかもしれないと思えるような設定・展開になっているのが一目瞭然です。逆にいえば、そのリアリティを大胆にそぎ取ることによって、少女漫画としてのロマンチックさが生み出されているということなのであり、漫画で主上と尚侍のラブシーンが一切描かれることがなかったことから生じる筆舌に尽くしがたいもどかしさは、少女漫画の極致とでもいうべきものなのでしょう。

原作との相違点:其之肆

四つ目は、弟の尚侍と女東宮がピュアな恋心を通わせ、姉弟の秘密を共有する同志として協力しながら、綺羅中将と尚侍が入れ替わった後に、二人の恋もハッピーエンドを迎えるという点。漫画では、弟の尚侍と女東宮は最後までプラトニックな関係ですが、原作では、二人はいつしか深い関係になって、女東宮は懐妊してしまいます。そして、やむを得ず禁忌を犯して宮中で密かに出産することになり、生まれた男児は即座に左大臣家に引き取られ、出産前から色々思い患っていた女東宮は、ますます病がちになって、出家を望みながら院の御所へと退出するのです。従って、原作と漫画では、女東宮と尚侍の恋の結末が全く逆で、姉弟そろって文句なしのハッピーエンドにしたところが、「ざ・ちぇんじ!」の最大の特徴になっています。

さいとうちほ「とりかえ・ばや」と「ざ・ちぇんじ!」との類似点と相違点

二十余年の時を経て、同じ「とりかへばや物語」をベースに再び漫画化された「とりかえ・ばや」は、「ざ・ちぇんじ!」と比較すると、連載雑誌の読者の年齢層が若干高めであるためか、原作に出てくる”きわどい”エピソードも、場面設定などの趣を変えながら、比較的多く描かれています。

例えば、宰相中将に女であると見破られて、無理やり関係を結ばされてしまった権中納言は、妊娠していることが判明して出産が近づくと、宰相中将の手配で密かに都を離れて宇治に身を隠しますが、ここまでの流れは原作とほぼ同じです。しかし、原作と決定的に異なるのが、「とりかえ・ばや」では、主人公の権中納言が流産してしまい、このショッキングな体験と、自分は無事に子供が埋めない体なのかもしれないという不安が、その後の展開にも影響を及ぼしていくという点です。

「ざ・ちぇんじ!」では、そもそも宰相中将と綺羅中将は接吻しかしていないので、妊娠も何もないわけですが、「とりかえ・ばや」が流産という衝撃的な展開に敢えて持っていったのは、恐らく主人公の”瑕”を少しでも小さくして、後半を全く別物のストーリーにしようという心づもりゆえなのでしょう。前半は「ざ・ちぇんじ!」よりも原作に近い展開だったので、このままの調子で進むと、原作を知らない読者は、後々生々しいストーリーに困惑することになるだろうと予想していたのですが、この流産事件を契機に原作から大きく逸脱することによって、リアリティー路線からロマンチック路線へと一気に舵を切ったように思えます。

「とりかえ・ばや」の後半は、案の定、原作とは全く別物となり、新しいキャラクターが次々と登場して、東宮位を巡る陰謀やら呪詛やら、姉弟の入れ替わりを疑う女御の策謀やら、話が広がりすぎて、最後に主上と尚侍が結ばれるまで、リアリティが大幅に失われてしまったのが残念です。もちろん、登場人物は皆、「ざ・ちぇんじ!」のようにハッピーエンドを迎えるので、さわやかな読後感なのですが、有職故実にのっとった儀式の描写や御所言葉などにこだわって、意識的に作画や台詞の中に散りばめた形跡が見受けられるだけに、荒唐無稽な場面設定や登場人物の行動やオカルト現象などが余計に際立ってしまって、リアリティを求める平安好きな読者にとっては、乙女心がときめきはするものの、いささか物足りない展開だったかもしれません。とはいえ、まったく別の読みものとして考えれば、さすがにテンポよく、話の伏線を上手く回収して、よく練られた斬新な物語だと言えるでしょう。

その点、「ざ・ちぇんじ!」は、”大人の”エピソードを大胆に削り、ギャグ性を持たせたことで、リアリティの喪失が見受けられるものの、無駄なエピソードもなく、男女入れ替わりというテーマに沿って、コンパクトにまとまっているという印象を受けます。もともと、原作を大きく改変した氷室冴子氏の小説をベースに漫画化されているので、プロット段階であれこれ展開に頭を悩ませることもなく、面白いストーリーをそのまま忠実に絵で表現した完成度の高い作品だと思います。

”妖しの恋”と男女入れ替わりの悩み

ちょっとシャイな主上が、”男”である綺羅中将にどうしようもなく心惹かれる自分自身に困惑している姿は愛おしく、また、綺羅中将の妻(右大臣家の三の姫)への嫉妬心からつい嫌みを言ってしまうシーンでは、恋する者の愛憎が伝わってきます。同じころ、プレイボーイを自負している宰相中将も、美しい綺羅中将に対する”妖しの恋”を自覚して赤面し、無邪気な綺羅中将の傍らでドギマギしている姿は何とも可愛らしく、ドラマ「花ざかりの君たちへ」のワンシーンを彷彿とさせるような趣があります。

一方、綺羅中将は密かに主上への恋心を抱いており、男の姿をしている限り自分の恋が報われることはないのだと、はっきりと主上への想いを自覚したのは、宰相中将に迫られて接吻されたあとのこと。妊娠していると大きな勘違いをしてひとり失踪を決意するのも、失踪後、たまたま出会ったお坊さんの言葉で、自分が妊娠していないと判明したのに、自ら都へ戻ろうとしなかったのも、結局、今のままの状態を続けていても、恋する相手と何も進展が望めないからであって、「ざ・ちぇんじ!」には、原作には書かれていない切ない乙女心がうまく織り込まれています。この描写は、女の格好をして宮中に出仕している弟の尚侍が、女東宮に秘密を打ち明けて、両想いの喜びをかみしめている姿とは対照的であり、原作でも、女の方が男よりも深い悩みや苦しみに煩悶しているという点と大いに通じるところです。

男女の入れ替わりが引き起こす男女間の様々な悲喜劇と葛藤は、千年を経ても未だに色あせることなく、幾度も漫画や映画にリメイクされて、男とは何か、女とは何か、性とは何か、恋とは何か、愛とは何かという深奥なテーマを投げかけています。「ざ・ちぇんじ!」は、現代風の明るく軽やかなストーリーの中に、古典のエッセンスを惜しみなく溶け込ませて、読むたびに色々な感慨を催させてくれる秀逸な作品であり、本棚の片隅にいつも置いておくに相応しい趣に満ち溢れています。

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