かるい読み口の新感覚時代劇『ちょっと江戸まで』はここが凄い! - ちょっと江戸までの感想

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ちょっと江戸まで

4.504.50
画力
3.50
ストーリー
4.00
キャラクター
4.25
設定
4.50
演出
4.75
感想数
2
読んだ人
2

かるい読み口の新感覚時代劇『ちょっと江戸まで』はここが凄い!

5.05.0
画力
3.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.5
設定
5.0
演出
5.0

目次

この漫画が「このマ〇ガがすごい!」とかにランクインしてないのは何故!?

突然ですが、ずっと不思議に思っていることがあります。

最高オモシロ時代劇少女漫画「ちょっと江戸まで」が、この世でぜんっぜん評価されてなくない?

どうなっているんだ?バグ?とつぜん私以外みんなの眼球が取れてフシ穴になってしまった?
いや。きっとみんな、この漫画が面白すぎて、読んだ直後に作品の存在を記憶から消すことで何度も最初から楽しむことができる“ループ読み”に耽っているに違いありません。

しかし、面白い漫画が正当な評価を受けずにただ消費され続けているのは何かの損失だと思いますので、ひとつ私が『この漫画のここがマジですごい!』という天才ポイントを列挙させて頂こうと思います。
それによって“ループ読み”真っ只中な方々の喪った記憶を取り戻し「たしかにスゲーわこの漫画!今すぐこのマン(このマ〇ガがすごい!の略)に投票しなきゃ!!」と思っていただくことが理想です。

現在(イマ)とひとつなぎの江戸

ふつう、時代劇といって連想するのは、現代社会に暮らす私たちとは別世界。
聞き慣れない話し方で、見慣れない恰好で、非文明的生活をしていたらしい…。こんなかんじで、「江戸」と「平成」の間には、時間という、かくも大きな断絶があります。
その絶望的な距離を、機才・津田雅美はコペルニクス的展開を以って繋げてしまった――。

「もし江戸時代が現在まで続いていたら」というパラレル世界を描くことによって、主人公であるソウビやミッシェルの生活を「私たちに身近なもの」としてすんなり読ませることに成功したのです。

歴史上の起こりえたかもしれないIFをシミュレーションする、この着想自体はSF的な思考実験に近しく、かなり理性的な設定です。
しかし実際の作中で、主人公が住む「江戸開府405年後の江戸」は私たちが時代劇で知る「お江戸」の外観をしているのです。人々は着物を着て平屋で暮らし、岡っ引きがいて、将軍がいて、身分制度がある。405年も経てば、普通はいくらなんでもさすがにちょんまげは廃止されていると思うのですが、そこは「時代劇のお約束」を尊重しきったパロディ要素で押し切る。あたかも「江戸時代に現代人たちがトリップした」かのようなライトな視点で物語に入り込むことが出来てしまう――。

「時代劇の世界観」と「現代劇の雰囲気」を作者独特の感性でマリアージュさせた結果が、この作品の根底に流れる不思議な面白さなのです。

もう発想が天才。

ひらかれたセリフ、計算された「ゆるさ」

この作品は子供向けの絵本もかくやというレベルでひらがなが多用され、セリフの書き方もかなり平易になっています。
例えば、1行で収まるであろう「なるようにしかならぬ」というセリフを

「なる
ようにしか
ならぬ」

と3行にして書いています。
改行により言葉のテンポが区切られることで、脳内で再生されるキャラクターのセリフにも穏やかな抑揚がついて読めます。聞き取りやすい、ゆっくりとした語りをイメージさせ、言葉の意味を理解し易くする効果を出します。
また、文節で改行された台詞は必然的に横長に広がるため、読者の視線は「巻物をめくって読むかのように」右から左へと流れていくことになり、あたかも「時代掛ったふるいもの」を体感しているような錯覚を覚えます。
作品世界の「ゆるさ」を演出しながら、「時代劇を観ている気分」を盛り上げ、しかもそれが非常に易しく理解しやすいという、とんでもなく優れた演出方法です。作者の津田雅美はネーム(漫画を描く際、コマ割り、コマごとの構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに表したもの)を創る能力が異常に高い作家なので、これはその才能の一端とも言えるでしょう。

つまり天才ってこと。

「すきなもの」を万人向けのエンタメに昇華する、作者の手腕

作者の津田雅美は多趣味な人間なのか、コミックスのあとがきでいつも語られるのは「いまハマっているもの」です。食や文化、スポーツ、エンタメ、伝統行事、歴史、ドラマ、小説など、自分の好きなものやそれに対する拘りを延々と語っています。そういった「すきなもの」の良さを布教したい欲求が、作品づくりにもダイレクトに影響するという、推しの同人誌をつくる二次創作オタクのような気質の人です。

「ちょっと江戸まで」には、そんな作者の気質が最もあらわれています。

そもそもこの作品は、作者の「時代劇って面白いじゃないか!」という気持ちが発端となって描かれているのです(あとがき参照)。そのため、作中の随所に有名なテレビ時代劇のパロディが潜んでおり、ざっと見つけただけでも「水戸黄門」、「遠山の金さん」、「必殺仕事人」、「女ねずみ小僧」、「子連れ狼」、「鬼平犯科帳」などなど、元ネタ・小ネタに事欠きません。
時代劇に限らず、トレンディドラマなどの他のエンタメ作品、ゆるキャラブームなどの時事ネタ、時代を超えた名曲など、まさに作者があとがきで語っていた「作者がハマっているもの」を、作中にバンバン出していきます。それらをストーリーのキーにしたり、時には主題として語ったりもします。

丁寧に構築されている「ゆるい世界観」が、それらの雑多なパロディを「アリ」に…いやむしろ「面白い!」にしてしまうのです。すべてはこのために、最初からパロディ許容量を多めに、緩い世界観が構築されているのです。

はい、天才。

魅力的なキャラクターたちに共感できる

登場キャラクターたちの個性は、当然ながらオリジナリティに溢れて魅力的です。
主人公からして男装の麗人、その恋のお相手は美少女の顔をした徳川の将軍。二人並べば美男美女、しかしその性別は正反対。インパクト大な外見でキャッチーに読者を取り込みながら、物語を進めると彼ら彼女らのかわいさがどんどん理解できていくわけですが、そこにも津田雅美ならではの頭の良すぎる構成が光ります。

キャラクターたちは基本的に、この作中全体に漂う雰囲気と同じで、どこか緩く描かれています。
重くなりそうな身分制度なども「そういうもの」として消化されきっており、ドロドロとした確執はありません。もしくは、そういったドロドロは1話の内に消化され、澄んだ水のように流れていき、読後感が異常に清涼です。人を斬ったり斬られたり、といったチャンバラが毎度起きても血生臭くない時代劇を観ているような感覚です。

最適解までに簡略化されたシンプルな描線で織り成されるやりとりは、省力的で見易く、それでいて内容はしっかりと起承転結・ひねりまで加えて考えられており、おもしろいものを力を抜いて楽しめる……。だからこそ、肝心な見せ場が訪れたとき、シリアスなギャップでぐっと惹き込まれてしまうのです。

思えば、主人公・ソウビも、そんな感じでミッシェルに惚れています。普段はゆるゆるの甘えんぼうな美少女でも、やるときはやる、ちゃんと思考があり、適正な才能がある。必要なときにカッコイイところをバシっと魅せてくれる相手は信頼に足ります。そして、信頼は愛情になります。この作品を好きになってしまう読者と、ミッシェルを好きになってしまうソウビは同じなのです。

信頼できる天才は最高。

「倖せ」な「良さ」に浸る

自分でこの文章を書いていて、改めてこの作品に惚れ直しました。
エンタメの大正解を魅せられちゃった思い。
やっぱこの漫画スゲーわ。

天才だ……。

このマンに投票しなきゃ!!!!!

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