まさに王道の少女のための漫画である - 綿の国星の感想

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綿の国星

5.005.00
画力
4.50
ストーリー
5.00
キャラクター
4.50
設定
4.50
演出
5.00
感想数
1
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まさに王道の少女のための漫画である

5.05.0
画力
4.5
ストーリー
5.0
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
5.0

目次

小さなものに光をあててくれる大島弓子

私が素晴らしいと思っている漫画家のひとりは大島弓子である。もちろん、大島弓子の作品以外にも素晴らしい漫画はたくさんあるし、好きになりすぎてキャラクターグッズを買いあさった漫画だってある。しかし、大島弓子の漫画を読んだときの衝撃は忘れられない。なぜなら他の漫画家の漫画を読んだときには感じられない、他に類のない衝撃だったからだ。

初めて読んだ大島弓子の漫画は近所の図書館で借りた「毎日が夏休み」だ。そこの図書館には手塚治虫や矢沢あいのNANAなど、いろいろな漫画があってよく行っていたのだが、ほとんどの漫画を読み終わって残っていたのが「毎日が夏休み」だった。正直に言うと、なんとなく時間をつぶすために読んだ漫画にこんなに衝撃を受けることになるとは思わなかった。そして、その後すぐに綿の国星も借りて読み、大人になってからめったにないことだったが、本屋に行き単行本を買い揃えて家で何度も読み返すことになる。

チビ猫になる前のチビ猫

この綿の国星の主人公は人間ではなく猫である。エピソードの多くは主人公の須和野チビ猫の日々のエピソードから成り立っているので、私たち読者は猫の目を通して世界を見ていくことになる。

猫が主人公というとほのぼのしたイメージがあるかもしれないが、綿の国星の冒頭は、飼い主が夜逃げをしたためにチビ猫が捨てられる、というなかなかハードな始まり方をする。しかしそんな始まりにも関わらず、まったく悲壮感を感じないのは大島弓子の絵が優しいせいだろう。

ところで、先ほどから私は主人公のことをチビ猫と呼んでいるが、チビ猫という名前は、この後に新しい飼い主となる時夫がつけた名前であって、冒頭の段階ではチビ猫の本来の名前はわからない。捨てられた1匹のノラ猫だ。だが、全く他の名前が出てこないことから、私は前の飼い主はチビ猫に名前をつけていなかったんではないかと思っている。もし名前があったら、チビ猫のことだから「私の名前は〇〇だよ」って時夫に言っていたように思うからだ。

猫が、人間のように人や物を名前や名称で判断しているかはわからない。しかし、飼われている動物は飼い主に名前を呼ばれるうちに自分の名前を理解できるらしいから、綿の国星の本当の始まりは時夫がチビ猫に名前をつけた瞬間なのかもしれない。

チビ猫は1度だけ自分が住んでいたアパートに戻る。しかしそれっきりで、元の飼い主を探すようなことはせず、須和野家での生活をはじめる。自分だったら、会いたい人をもう少し探すのかもしれないがチビ猫が新しい生活に夢中になるのもムリはないと思う。

1話のラストに、

ひとつの事を

考えつめようとしても

もう次の考えに

うつってしまいます

という部分がある。花の絵がページいっぱいに描かれていてステキなのだが、ここにチビ猫が過去を振り返らない理由が書かれている。もちろん、時夫という大好きな人間の存在も大きいのだろうけれど。

16ページで表現できる漫画の可能性

私がとくに驚いたエピソードはミルクパン・ミルククラウンである。避妊手術をした猫が何かを思い出そうとしている話で、たった16ページしかない。

大島弓子の漫画を読んでいるとよくあることだが、これまで何の気なしに追っていた1コマに、あるとき急に驚かされることがある。そして、手をとめて今までぼうっとめくっていたページにこんな意味があったのか、と読み返すことになる。

私がこれまで読んできたほとんどの漫画では、見せ場があるとそれを大きなコマにして、ばーんと持ってくる。しかし、大島弓子の場合は、小さな小さな1コマにハッとさせられるし、読み終わるまでどんな展開になるのか、まるで想像がつかないのである。

ミルクパン・ミルククラウンにしたって、同じ内容で、他の漫画家にこのエピソードを描いてもらっても、こんなふうにはならないだろう。避妊手術によって失われたものを「ケープ」と表現する大島弓子の感性のすごさといったらもう・・・。
16ページの漫画でこんなことが出来るということに驚いたし、雨の中でクラウンをつけてケープを広げる猫の姿は、まるで白昼夢の世界に陥ったような錯覚さえしてしまう。

チビ猫はほうきに乗って空を飛ぶこともなければ、人間と会話をすることもない。魔法という不思議なものが一切出てこないのに、綿の国星はれっきとしたファンタジー漫画なのだ。

大島弓子の漫画に、自分が若者だと思っている老人が出てくる物語がある。彼は最終的に自分が夢の中にいると思って高いところから飛び降りてしまう。他人からみるとこれは自殺になる。だが、大島弓子の手にかかると自殺という出来事でさえ、ファンタジーな少女漫画の世界に変わってしまう。綿の国星でもチビ猫は1話でいきなり他の猫の死に遭遇するが、なんとも不思議で妖しい雰囲気を醸し出している。

彼女は漫画家であると同時に詩や歌を詠むアーティストなんだと思う。そして、飼い主に捨てられるというハードな現実の世界を、魔法を使わずにファンタジーの世界に変えられるのは大島弓子だけだと思う。

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