堕ち続けて終わる重さがつらい
家族の在り方の恐怖
母親と2人で生活してきた17歳のジョシュア。ところがある日、ジョシュアの母親はヘロインの過剰摂取による中毒で亡くなってしまう。どうしたらいいのかわからないジョシュアが連絡をしたのは、母がなかなか会わせようとしなかった母方の祖母。祖母はすぐに駆け付けてくれて必要な処理をし、ジョシュアを引き取ってくれると言う。ここからジョシュアの絶望と新たな再生が始まるのだった。
数々の賞にノミネートされたこの作品のすごいところは、実話を基にしたことによる重厚感、ジョシュアの生き方が崩れていく恐怖と、それでも家族が基盤に在る恐ろしさがわかってしまうことだ。祖母スマーフの3人の息子たちは、アンドリュー、クレイグ、ダレン。皆気さくで、家族想い。彼らの母を大切にしていることが分かる。しかし、ひとたび外に出れば、彼らのしている行為は犯罪ばかり。密売、暴力、強盗が彼らの仕事であり、それによって生計を立てているのである。当たり前のように彼らは“仕事”をし、家族に還元する。スマーフはそれを悪いとは言わず、肯定し、息子たちを愛する。息子たちもまたスマーフを愛している。ジョシュアは家族であり、大切にされ、直接犯罪の片棒を担がされることはないが、犯罪を密告するメリットもない。彼はそこでの奇妙な生活に慣れてしまうのだ。
この慣れそのものがいかに怖いか。それが間違っていると否定されることがないから、存在し続けてしまうものを、受け入れることでしか生きてはいけない少年。拠り所を持たないジョシュアは家族を信用し、彼女のニコールを家に連れてくるなど、家族としてはいかにも優しく、素敵な関係性を築く。それは、彼らと家族でいる限り、安全が約束されるから。まさかここからものの見事に闇にのまれようとは、彼自身も、犯罪一家でさえも、気づいていない。
裏切りを恐れて殺す
警察だって、いつまでも犯罪で真っ黒のコディ一家を野放しにしておく気はない。はじめはクレイグに目を付けるも、逃げられたので銃殺。今度は逆に逆恨みしたアンドリューによって警官2人が銃殺…もはやいたちごっこ状態に。そこからジョシュアはむしろ目をつけられ、警察は彼を犯罪一家の呪縛から助ける名目で、コディ家を一網打尽にしようともくろんだ。ここでジョシュアが警察に対して口を割らなかったのは、もちろん彼なりに“家族”を守ろうとした結果だろうし、自分もそれに属していると思っていたからだろう。それなのにコディ家は、ジョシュアがいつか裏切るかもしれないと思い、強烈に口止めをすることにする…。
ジョシュアだって、こんな家族のところに来たかったわけじゃない。それでも自分に居場所をくれたこの家を、彼は積極的に売り渡したかったわけじゃないんだ。家族もまたジョシュアを家族だと思っているからこそ、彼自体を傷つける気はない。では口止めするために何をしたか…彼女のニコールを殺してしまうのだ。それは、家族の中にポープ(教皇)として君臨していたアンドリューが行った。暗黙知。ジョシュアは家族のことを信じられなくなり、警察へ密告することを決意。証人として出廷するから、身の安全を保証してほしいと警察署に駆け込む…これでようやくジョシュアもまっとうな方向に生きていけるのか…とほっとしたのもつかの間、もっと腐ったものがジョシュアを襲う。
誰も信じられなくなる
凶悪な犯罪者ほど、警察の中に味方を持っているものだ。スマーフと仲のいいどうしようもない警官がお願いを聞き入れ、ジョシュアを殺害しようと襲い掛かってくる…警察にも、家にも、どこにも自分の居場所がない…ジョシュアは、もうどうやって生きていけばいいのか、誰が自分を支えてくれるのかがわからなくなり、狂っていく。逃げても逃げても何かが自分を追ってくる。誰の事も信用することはできない…。その土壇場で、ジョシュアは覚醒するしかなかった。それは、警察をも裏切り、またコディ家へ戻ること。コディ家に有利な証言をして、家族として戻ること…この覚醒の仕方が本当にエグくて、いかに彼が極限まで追い詰められていたか、彼女を奪われた悲しみと、自分自身の身の安全すら保てない状況で、彼は彼自身のために今までのすべてを覆して、強くなるしかなかったのである。
この時のジョシュアの気持ちを思うと、もう辛すぎる…。母がなぜ自分をコディ家に近づかせなかったのか。それがよくわかるし、理解もできるのに、ジョシュアにはどこにも居場所がなく、生きていく術もまだ知らない。そんな状態で、警察すら頼りにならず、きっとどこへ行っても死の恐怖を闘わなければならない。なんでお母さん死んじゃったの…?どうして、コディ家に電話してしまったんだろう…彼は本当にかわいそうで、いい刑事さんだっていたのに、その人を信じろと言ってあげることもできない。人が追い詰められたときにどう転ぶのか?緊迫したシーンの中で、鳴り響く銃声が何かがはじけるのを告げる。
最後に決断する事
結局ジョシュアはコディ家に戻り、アンドリューを殺害する。ジョシュアにとって最愛の人を殺された恨み。ニコールだけが、おそらくジョシュア自体を見て、愛してくれていたはず。大切な人を、自分の家族が手にかけた。ジョシュアは大きな苦しみの井戸の中に落ち、どんどん汚れて、そして最後に犯罪者というレベルに着地を果たす。彼の下した決断は、嘘と、裏切りと、殺人という、コディ家の連中とまさに同じことを、コディ家の中で勃発させるという、掟破りな行動だった。
この状態に至るまで、決して光は見えることがない。ただ辛く、重く、ジョシュアの中に罪と焦り、苦しみが覆いかぶさってきて、観客もそれを体感するのだ。正義なんてない。世の中は悪だけで、自分一人だけだって、ジョシュアの中で何かが完成してしまったんだと思う。その決断に至らせたこの家族を、決して許したくない。実在したからこそ、彼らのような存在を認めては、新たに道を踏み外す者が現れてしまうだろう。こんな家族もあるんだよ、悪意によってつながった集団を、家族を呼ばせる人間もいるんだよ…
新たなキング
アンドリューを殺したジョシュアは、スマーフをそっと抱き寄せ、家族であることを示す。それを呆然と見つめるダレン。ここでスマーフはジョシュアを突き放すのではなく、新たなキングとして、迎え入れることを決めるのだ。「ジョシュアは私を殺さない」。女王は変わらずここに君臨していられるのだ。だって家族を大切に想い、守る役目を持った家長なのだから…。こいつのせいで、息子たちは道を踏み外した。まだ若く、どんな生き方もできる可能性を持っていたのに、彼らは母親よりも早く死んでしまったのだ。それなのに、スマーフはその存在を許され、君臨し続ける…もはやジョシュアには、家族皆殺ししてほしかったよ。でも、それはジョシュアの居場所が完全になくなり、拠り所を失って、まったく信用できない警察のお世話にまたなってしまう。それよりは、この家族のキングとして降臨することで、彼は恙なく生きていく道を手に入れたのだ。
この物語の中には、彼の心を救い上げてくれる人は一人もいなかった。唯一、最愛の人がいたけれど、彼女は凶悪なアンドリューによって命を落とし、ジョシュアの道は断たれたのである。こんな人もいたんだって考えると、胸が苦しいどころの話じゃなくて、後味が最悪で、なのに家族の在り方を見直したくなる。犯罪者であろうと家族だ。それがいいことなの?悪い事なの?どうすれば生きていけるの…?ジョシュアになりきって、心を傷めて、人生についてもう一度考え直そう。
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