これこそ本当の藤子不二雄が堪能できる
藤子不二雄Aの作品の特徴
この藤子不二雄Aブラックユーモア短篇集とは、私が中学生の時に初めてであった。これまで藤子不二雄と言えば前述したとおり子供向けのマンガ、という印象だったが、その印象を一変させるかつ、これまでドラゴンボールやキン肉マンなどの普通の少年雑誌に連載されているマンガしかマンガを読んだことなかった私にとっては、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。マンガとしては短編らしく十数ページで完結するものが殆どだが、そのわずかなページ数の間にこれほど魂を握られるような思いをさせられたことはなかったからだ。読んだ後にくる表現できないほどのモヤモヤした気持ちの悪い感情は、今まで読んできたマンガでは味わえない感触だった。
暗い主人公の心理状態
まず藤子不二雄Aブラックユーモアの一番の特徴として、主人公が大人しく、暗い性格であることが多い。その暗い主人公は、作中で派手なセリフなどは吐かないが、内面にふつふつとわき起こる心理状態の描写が絶妙で、わずか数ページの間に根暗な主人公にすっかり感情移入してしまう。例えば1話目の「不器用な理髪師」であれば、技術がうまく伴わない、まだ半人前状態の心理描写がうまく描かれている。社会人になると誰もが自分自身の無力さに気が付き、傷つき、そこから成長していく、という過程を誰もが体験すると思うが、その体験を理髪師にうまくあてはめている。
颯爽と理髪店の中に入ってくる、いかにも仕事が出来そうなサラリーマンは、そんな半人前状態の社会人と打って変わった正反対の存在。すっかり半人前の理髪師に感情移入してしまった読者は、その何でもできるサラリーマンが疎ましく感じてしまう。その疎ましさをスカッと解消してくれる、、、と思いきや、確かに解消はされるのだが、その解消の仕方が予想の斜め上を行く解消のされ方で、オチがつくため、読んだ後の読者の心理状態としては、ただの1短編物語、、で済ませられない気持ちになってしまう。
この暗い主人公の心理状態、相対する根明の積極的人間の存在、この関係がどの作品でもうまく描かれている。
藤子・F・不二雄よりも日常的な物語
一方、コンビとして一緒に作品を作り上げてきた藤子・F・不二雄も短編集を書いている。しかし藤子不二雄Aの短編は、藤子・F・不二雄よりももっとブラックな、後味の悪い気持ちにさせられる。藤子・F・不二雄の短編集はどちらかというと宇宙人や、新しい星の世界の話、異次元の世界の話など、科学的には立証されていない、現時点では実際に到底起こりえないような内容の短編が多い。「こんなことが起きてみたら面白いな、もしこんな世界になったら大変だ」などと、妄想の世界にうまく引きずり込まれるような短編、まさにSFの世界の物語が多い。一方この本の著者の藤子不二雄Aの作品は、「現実的は起こりえる話だが、社会通念上、そんなことは起きえない。・・というようなことが起きたらどうなるか」といった視点で書かれていることが多い。「ひっとらぁ伯父サン」などは、ヒットラーによく似た、少し変わったおじさんが出てくる話だが、SFや異次元の話ではない。現実的にはいても問題はないおじさんが、どこにでもありそうな一般家庭に潜り込んでその家族、しいては近隣住民までをも徐々に洗脳していく、という話だ。このような話は逆に藤子・F・不二雄にはなかなか描けない作品かとおもう。
なぜこんなに感銘を受けるのか
こんなに藤子不二雄Aの作品になぜ引き込まれるのか。それは前述した2点に集約されると思う。1つは、主人公への感情移入をスムーズにさせたところで、はがゆいエンディングを味あわせる点。もう一つは、それらのストーリーが異次元の世界ではなく、現実に起きえてもおかしくない、日常的な舞台で非日常的な出来事が起きてしまう、という点にあるだろう。
「マグリットの石」などは、何かのものに執着したことのない人にはなかなか理解しがたい作品かもしれないが、根暗な主人公が異常なまでの執着心を持つとどのようになってしまうか、という点は、まさにこの2つの特徴が詰まった結末となっている。「無邪気な賭博師」は、気弱なサラリーマンが気の強いサラリーマンに虐げられている様をうまく描写している。そしてその後に気の強いサラリーマンが報復を浴びてスッキリしたか・・・と思いきや、気弱なサラリーマンのほうも無邪気な賭博師によって神聖な賭博を穢した報いを受けてしまう。何一つ気持ちよく終わる作品はなく、それがこのブラックユーモア短編集を印象深いものに仕立て上げている。
この作品のほかに数多く藤子不二雄Aはブラックユーモア短編集の作品を世に出している。「面白い」「面白くない」は人それぞれかもしれないが、この作品は一度読めば必ず脳裏に焼き付かれ、一生忘れることが出来ない短編集になることは間違いない。読み終わった後のモヤモヤ感は筆舌し難いものがある。
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