ただの田舎漫画ではない
よくも悪くも、等身大の田舎モノ
田舎を取り扱った漫画というのは、とかく押しつけがましくなりがちだ。
よくありがちなのが、都会に擦れて田舎にやってきた主人公が、田舎に住む人の親切心や助け合いの精神などに心癒され、そこに永住を決めるという話。
実際に田舎に住んでいる人はよく承知だと思うが、現実の田舎というのはそれほど良いものではない。近所の人は仕事の評価や子供の成績や嫁の出産の有無までかなりしつこく知りたがるもので、プライバシーなどあってないようなものだ。
しつこい人だとかなりプライベートなところまで干渉してくるし、勝手に人の家に入ってくることさえ当たり前だ。
葬式にかかる費用もバカにならず(なにしろ年寄りが多いので)、近所の顔見知りは粗相をやらかせば身内のように説教してくる。山に近ければ虫が多い。助け合いの精神というが、貰ったものは返すのが当たり前なので負担になることもある。特に時間に余裕のない社会人になってからは、その「田舎の精神」がとてもうっとうしく思えることだろう。
そういった田舎の悪いところを綺麗にスプーンでえぐり取って、美化された田舎をお皿に載せて提供する「田舎作品」は、本当に田舎に住む人にとっては釈然としないに違いない。
『ばらかもん』は、都会に住んでいた書道家・半田清舟が五島にやってくる「田舎漫画」ではあるが、田舎の良いところも悪いところもしっかりと描いている珍しい作品だ。
近所の子供たちは平気で半田の借家を基地にして侵入してくる。郷長たちは若い半田を勝手に地区の行事に参加させるし、半田の本業である書道家としての腕を無償で利用しようとする(たびたびネットでは、イラストレーターなどのクリエイターにタダ働き、あるいは「おトモダチ価格」という激安で利用とする輩の話題が取り上げられ、炎上する騒ぎになっているが、『ばらかもん』を読むと実際こういうものかもしれない、と思ってしまう)。
しかし、悪いところだけではなく、例えば台風で半田の家の窓が壊れたとき、雨のなか助けに来てくれたり、郷長の奥さんは毎日半田にご飯を提供してくれる。
こうした田舎の良さと悪さをあくまでも「正直」に描いた作品。これが『ばらかもん』の特徴なのである。
決して押しつけがましくない、田舎漫画の魅力とは
前項で、『ばらかもん』は正直な田舎漫画と述べた。では、そんな『ばらかもん』はなぜ評価されるに至ったのか。
『ばらかもん』は、基本的には日常系ギャグ漫画である。半田を中心に、島民たちのゆるい日常を描いた作品だ。キャラの個性で魅せる漫画というよりは、田舎(五島)ならではのネターー例えば海や方言や花や虫に、キャラたちがどういった反応をするか、で占められるネタが多い。
キャラは総じてアクが強く個性的、悪く言えば自分勝手な人間ばかりなので、必然的にネタも面白くなる、という訳だ。まず、これが『ばらかもん』の第一の魅力ということになるだろう。
第二に、「美化された田舎観」が押し付けられないために、読者は五島の環境にわだかまりなく入っていくことが出来るという点だろう。
人は誰でも、価値観や見方を押し付けられると引いてしまうものである。特に田舎漫画の多くはこの「押しつけ」がひどく、コテンパンに「田舎はいいぞ」と聞かされているような気分になるのだ。合わない人はとことん合わず、むしろ嫌悪さえしてしまうだろう。
だが、何度も言うように『ばらかもん』は正直な漫画である。田舎の良さも悪さもしっかりと描いているために、読者は0の状態で田舎(五島)の良さも悪さも味わうことが出来るのだ。
『ばらかもん』を読んだ人間のうち、五島に住みたくなった人もいるだろう。逆に、絶対に住みたくないと思った人もいるだろう。
いずれにしろ、その時点で読者は『ばらかもん』を通して五島を見ているのである。
また、半田は出来事に対して、五島の住民に感謝したとかここに感激したとかいうことはない。そこが読者にとってありがたい。人の主観を混じえることなく、自分の主観で淡々と読んでいくことが出来るからだ。
『ばらかもん』を読んだ読者諸兄は、五島に住んでみたいと思いましたか?
決して目新しさも新鮮さもないけれど、不思議と見守りたくなる漫画
ここからは、筆者個人の感想を述べていこうと思う。
当初はただの「田舎モノ」だと思って読み進めていた『ばらかもん』だが、不思議と次巻を求める漫画だった。
ギャグも抜きんでている訳ではないし、劇的な展開が起こる訳でもない。決して漫画として画期的ではないが、ページをめくる手を止められなくなってしまう。
おそらくは、なるたちの笑顔や、五島の自然に自然と引き付けられてしまうのだろう。半田のように五島に住んで、なるたちの成長を見守りたいとさえ思うのだ。
まるで田舎の親戚になったかのように。
筆者もすでに五島の住民の一人になっているのかもしれない、とふと思った。
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