タイトルの意味をどう捉えたらいいのか
「その夜の侍」を視聴した感想です。
非常に観念的で、わたしには面白さが分かりにくい作品だったと思いました。
エンターテイメント性は全く無く、純文学の世界観のように見えました。
見ていて、芥川賞受賞者の中村文則さんの作品を思い出しました。
中村さんの作品に、亡くなった恋人の指を小瓶に入れて持ち歩く男の話がありますが、亡くなった妻のブラジャーをポケットに入れている男というのも、少し似ているのかな、と思いました。
ストーリー性はあまりなく、妻を交通事故で亡くした男と、その加害者の人間性を淡々と描いているかのように見えました。
妻が交通事故で轢き逃げされ、亡くなるという悲劇的な物語でありながら、本当に淡々とした目線で人々の姿が描かれています。
そして、その淡々とした日常の中にかいま見える、中村健一と木島の狂気。これも煽るような表現はなく、まるで人間の狂気の本質は、日常的なものの中にあるのだ、と言わんばかりの淡々とした描写でした。
登場人物も皆狂気と隣り合わせの孤独を抱えているように見え、それさえもただ淡々と描かれていました。
そうした一連の描写、世界観が、一層純文学の一編のように感じられました。
こうした作品が映画的に面白いのかは、わたしには分かりかねました。
個人的には、二時間近い映画作品でありながら、特に起伏もない、見所もないシーンを淡々と見せられている感じはすごくしました。
監督のやりたいことや、撮りたい映像は伝わってきます。
しかし、それを受け取る観客側に、需要があるのかは不明です。
こうした作品が好きな人には、いいのかなと思います。
ただ、映像の持つインパクトはすごいなと思いました。
ラストシーンで健一が、亡くなった妻に再三注意されながらもやめられなかったプリンを、食べずに頭から被るシーンがありますが、その両手で潰したプリンの飛び散る様など、なんとも忘れがたい映像になっていると思いました。
また、台風の中で泥だらけになって揉み合う健一と木島の立ち回りのシーンも、それが何を表現しているのかまでは分かりませんでしたが、衝撃だけが残りました。
こうしたインパクトを残すだけでも、映画としての存在価値はあると思うので、面白いかどうかは別として、作品として成立はしているのかな、と思いました。
木島の恐怖感がもっと伝わってほしかった
個人的に思ったのは、木島がもっと怯えている感じが出ている方が、作品として分かりやすかったのかな?ということです。
木島はあまり感情がないキャラクターだと思うんです。
目先の快、不快だけで生きている人物というか。
面倒なので轢き逃げする、ムカつくので他人を殺そうとする、というような具合に、衝動のままに行動しています。
そこが狂っているというか、まるで世の中の倫理観で推し量れない気持ち悪さがあるのですが、小心者でもあるんですよね。
人を簡単に殺せるような素振りでいて、肝心なところでは手を下さない。飽きたと言って放り出すか、他人にやらせるかのどちらかです。
また、脅迫状の決行日には、居住を変えたり「警備員」に窓の外を伺わせたりします。
明らかに健一を怖がっているんですよね。
しかし、そこがよく見ないと分からないというか、伝わってこないような気がしました。
途中まで木島は、殺すのも殺されるのもなんとも思わない、サイコパスのように見え、過去に追われている恐怖感が伝わってこなかったです。
多分木島の恐怖というのも作品として大事な要素だと思うんです。
もっと怖がっている描写があった方が、より木島の小物感が出て、下らない人物であることが強調されたのかな、と思いました。
「この物語には、最初から君は関係なかった」
また、健一の「この物語には、最初から君は関係なかった」というセリフも、理解するのが難しいなと思いました。
健一は木島が出所してから行動を毎日監視し、手帳に記録していました。
その手帳を手に、健一は木島に上記のセリフを言うのですが、それが何を意味しているのか?は難しいところです。
一つ考えられるのは、その手帳を生み出したのは健一の狂気であり、木島は憎しみの対象ではありますが、本質的には関係のないものだ、という事なんでしょうか。
轢き逃げ事件は木島の中でも特別な記憶であり、それに怯え、逃走したいと思っています。(轢き逃げの現場で警備員に絡んだのも、記憶を上塗りするためかもしれません。)
そんな大きな出来事に、「最初から君は関係なかった」と言われるのは、斬って捨てられるような感じかもしれません。
そういった意味での復讐なのかもしれません。
また、木島は他者に対して常に苛立ちと、被害者意識を持っています。他人を殴っていても、「そうさせている相手が悪い」と自分が被害者だと思っているのです。
そういった木島の人間性に対し、自分の狂気を自覚できた健一、というところを対照的に描くと共に、木島を敗北させる一言だったのかな?と思いました。
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