文句なし、バレエ漫画の金字塔 - アラベスクの感想

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アラベスク

4.504.50
画力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
5.00
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文句なし、バレエ漫画の金字塔

4.54.5
画力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
5.0

目次

バレエを知らずとも楽しめるストーリー

この作品の名前は知っていても、今まで読んだことがなかった。少女マンガというものを敬遠したわけでなく、単に触れる機会がなかっただけでこれほどの名作を今読むことができるのは幸運とさえ思えるほど、この作品は名作だと思う。
発行されたのが第一部で1971年だからリアルタイムで読むことはさすがに無理だったと思えるけれど、もし小学校か中学校くらいに出会っていると、恐らくこの作品の良さを半分も理解できなかったかもしれない。もちろん少女マンガ、それもバレエのような華やかな世界を舞台にしているのだから、美しい衣装や踊りなど少女が目を輝かせるに十分な魅力はあふれているのだけど、この作品はそれだけでない人間ドラマを描ききっていると思う。
これを読んだあとで思うのは、数々の少女マンガに影響を及ぼしたのではないかということだ。まるっきり設定は違えど、登場人物の挫折やライバルの登場、どん底からの輝かしい復活など、色々な場面が色々な作品で思い出すことができる。もちろんある程度そういう展開はフォーマットとまでは言えずとも少女マンガとしては定番としてあるものだけれど、それでもこの作品はそういうことを思わせる力があるように思った。
もちろん私自身バレエに詳しいわけではない。バレエといえば「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」くらいしか知らない。そんな知識がなくともこの作品は十分にのめりこんで楽しむことができるし、もっといえば、このように踊れる人をうらやましく思ったくらいだった。自分もこのように踊れたらどんなにいいかという空想さえしたくらい、特別な力のある作品だった。

ユーリ・ミロノフの登場

これは少女マンガの鉄板中の鉄板な登場人物だ。ハンサムながらも主人公に厳しく育て導く役割の人物は、「エースをねらえ」の宗方仁しかり、「ガラスの仮面」の速水真澄しかりだ。この厳しさは厳しくされているほうは全く理不尽に思えることさえあるくらいのものだけれど、厳しくしているほうは2歩も3歩も先を読んだ上で行動しているといった年上の包容力を存分に感じさせ、女の子が参ってしまうのも無理はない設定である。だからこそ少女マンガの鉄板でもあるのだけれど、このユーリ、1部の登場はそれほどクールでニヒルでもないのが面白いところだ。顔つきも登場当初はどこか柔らかく笑顔さえ時々見せるくらいだったのだけど、回を進めるにつれ暗く冷たくなっていく。それはノンナの成長とともに彼女に教育対象以上の気持ちを持ち始めたからなのかもしれないと思わせる、心にくい演出だ。
ただ気になることが一つあった。前述した「ガラスの仮面」では速水真澄はマヤに紫のバラの人として、あしながおじさんのように彼女を守り寄り添ってきたけれど、彼女に対する愛情はやはり当初の頃はそれほどでもなかった。ストーリーが進むにつれ、自分の中にそのような感情があることを知りうろたえながらもそれを自覚するところは好きな場面のひとつだが、ユーリについてはそのような感情の揺らめき、ノンナに対する愛情の自覚といったものがあまり感じられなかったところだ。先生として以上のことはしてやれないとノンナに告げ、ノンナもそれを承知した以上、そのような形でいわばダンスではペアを組むけれどプライベートは別といった展開なのかと予期していたからだ(このあたり「ガラスの仮面」では月影先生と尾崎一連の関係を彷彿とさせるけれど)。
愛情がないのではと思わせるシーンがあまりにも続いたからこそこのように感じるのかもしれないが、ここは少し冷静なミロノフ先生が身悶えるところも見てみたかったなと思うところだ。
とはいえノンナを見限ったようにヴェータを教えるところは、ノンナでなくともなんとも残酷な仕打ちだ。あれが愛情の裏返しだとは思えない冷たい態度に読み手としてはどうも納得がいかなかったけれど、結果馴れ合いを防ぐための行動だったというのはあまりにも奥が深すぎる。ラストにつながったからいいものの、なんとなく腑に落ちない感じもあった。なんというかミロノフ先生は何事にもクールでスマートで、でも情熱的であってほしかったようにも思う(どこかで熱い愛情を見せるような、というのは贅沢だろうか)。

ノンナの成長ドラマの一部始終

1部のノンナと2部のノンナを見比べるととても同一人物とは思えないくらい、彼女の成長は著しい。特に何歳というような設定を見受けられなかったけれど(10代でなんとかやりとげたい!というセリフがあったように思うので、10代だとは思うけれど)、並のバレリーナでは考えられないような成長を遂げたのだと感じる。それを見抜いたユーリの目はすごいとは思うのだけれど、どうしてもその経緯がいきなりすぎるような気もする。あれほど劣等生のような印象の描写が続き、その間ユーリの特訓はあったものの、次にはいきなりモルジアナ役に抜擢というのはあまりにも急すぎて、ちょっと無理やり感が感じられた。しかし結果は彼女の潜在能力が崖っぷちで引き出されたのか素晴らしい結果を収めるのだけれど、これも結果オーライではあるけれどどうも無理すぎるような印象が残った。とはいえ、ここからノンナの華やかな道が開けたことを思うとこれもユーリの見る目の類まれさが証明されたということなのかもしれない。
しかしラーラと闘い、ヴェータと闘い、ローゼの亡霊と闘い、泣きながらも成長を遂げながら進む彼女の踊る姿はいつも絵画のような美しさがある。踊りの美しさもさることながら、特に緻密に描かれた舞台衣装など思わずじっと見てしまうくらいの細かさで、こういう衣装を着れるだけでもバレリーナに憧れる気持ちが少し分かった気がするくらいだった。「真夏の夜の夢」のパックの衣装やシルフィードの由緒ある衣装などは華やかで繊細で、実際のものはどんなくらいのものだろうと思いを馳せることができた。その思いを馳せた経験は、まるで私自身の世界を一回り広めてくれたかのような気持ちになるくらいだった。
ノンナの成長はこの作品を通してのテーマではあるけれど、それに付随して彼女の踊る作品の衣装も十分見ごたえのあるものだと思う。しかしさすがに毎度毎度泣きすぎではないかとは思ったけれど。

他の漫画家のバレエ漫画を読んで思ったこと

もちろん他の漫画家の作品をけなすつもりは全くない。槇村さとるの「Do Da Dancin’!」や小川彌生の「きみはペット」「キス&ネバークライ」など、それぞれにいいところがある。特に「きみはペット」のモモの踊る姿は、「アラベスク」がノンナが主役のため女性の踊りがメインに描かれているところがあるが、「きみはペット」ではモモだけがダンサーだから踊る姿はほぼモモのものばかりだ。そこで描かれているのは男性の力強さとしなやかさと、軽やかに踊っているはずなのに重々しい印象だったりと、きっとこれを描くのは相当難しいことではないかと思う。またモダンとクラシックの違いにも触れられており、バレエ初心者には親切なストーリー展開だ。実際私のバレエ知識のほとんどはここから来ている(モモの言っていた「グラン・ジュテ」とか「パ・ド・ドゥ」とかこういうのなんだという再確認が「アラベスク」でできた楽しさもあった)。
しかし「アラベスク」は、いわゆる主人公の成長物語ではあるのだけれど、それ以外にもバレエを踊る人間の体の美しさ、限界まで磨かれた身体能力の表現がこれでもかと描かれている。もちろんそこに当然人間関係の厳しさはあるのだけど、それだけではない自分との戦いや持って生まれた者とそうでない者とのどうしようもない残酷な違いなども浮き彫りにされており、バレエというものを深く掘り下げている。そこがこの作品のすごいところだと思う。
バレエを知らない人間でもここまで思うのだから、バレエ経験者ならこれをどう読むのか、少し知りたいところだ。

踊る人間の描写の美しさ

第一部と第二部と比べると、明らかに第二部の方が線が洗練されており美しく感じる。第一部も踊る指先や伸ばした足などの動きが芸術的ではあるのだけど、線が太く感じるためどうしてもそこに繊細さがないように思えた。だから「アラベスク」で踊ったノンナのモルジアナがダイナミックに感じたメリットもあるのだけど、バレエというものはやはり繊細で儚いものであってほしいし、またそういう絵を見たい。その願望を第二部で見事に叶えてくれた。特に歩けなくなったノンナはガラス細工のようで、あまりにも脆く感じるその体つきが痛々しいほどだった。
そのおかげか最後ノンナが開眼したシルフィードでは、その儚さゆえの美しさが限界まで描かれ、しばらくそのページから目が離せなかった。あのような手つきや体つきを、そして幻想的にさえ見えるあの絵をどのようにしたら描くことができるのか、バレエ漫画のために生まれたマンガ家ではないだろうか。恐らく手や足の長さは現実にはあり得ないものなのだとは思うのだけど、それに全く違和感を感じさせない技術もさすがだ。
山岸凉子の作品はこれしか読んでいないけれど、これだけで十分わかるこの名作ぶりは、他を読まずともこれだけを何度も読み返したいと思えるくらいだった。

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