愛し狂う才能
曽田正人の描く孤高の天才、その1は、坂バカ
め組の大吾、昴、針の振りきれた天才を描かせて右に出るもののない少年漫画家・曽田正人。彼の初期長編連載となる本作の主人公・テルは「自転車」で「坂をのぼる」、そんな誰しもがもつ体験を原点に、ロードレースの頂点めざして文字どおりのぼりつめてゆく。
その男子、無口、無愛想、無比
本作の魅力はなんといってもテルの強烈なキャラクターである。イケメンでもやれやれでもオラオラでもなく、アクティブでもクールでも熱血でもなく、やさしくもない。男子性…幼児性の派生語としてむりやりそんな造語をこさえるとして、男子性の塊とでも呼びたいような、憎たらしくも憎めないやつだ。
テルが体現する男子性は、やんちゃな腕白小僧タイプのそれではなく、偏執的なまでに一途で、残酷なほど妥協を知らない、昆虫博士や人間時刻表のかもし出すアレの系譜だ。教室のすみで自分の世界に没頭しきって帰ってこない彼らのたたずまいを、こともあろうにスポーツマンガの主人公に付与し、その性情が競技ときっちり噛み合うさまをあますことなく描いたのだから、曽田正人おそるべし。
いつも無気力でふてくされたような、だれにも自分の気持ちを打ち明ける必要なんかないさという顔をして、自転車に乗るときだけは人が変わったように輝くテル。
テルに続いて産み出された曽田作品の天才たちを思い起こせば、大吾は先生、昴はニコというパートナーを得るが、テルが心を通わせた人間は、果たしているのだろうか。
大吾の才能はいつも災害という悲劇の場でしか輝かず、本質的にかなしみを帯びる。彼には家庭という生き甲斐と慰めが必要で、引退を望むのは無理からぬことだった。それを理解しつつ奮起させて支えてくれる甘粕という相棒もいる。
昴の才能の輝きはとびぬけており、それを育んだ半身たる弟との別れ、母との確執はまさに悲劇そのものだった。自身の才能に振り回された昴は破滅的な人生をたどるかに見えたが、彼女が授かったバレエという芸術の才は、才をもって奉仕すべき芸術そのものからみればほんのひとひらの花弁に過ぎないことを周囲によって学び、怪物になることを免れる。またバレエを通して、人生のかなしみを受けとめてくれる伴侶と結ばれた。
では、テルの悲劇とはなんだろう。また、それを慰撫してくれる彼の伴侶とは……。考えると、どちらも、自転車、としか言いようがない。
もちろん、転校先のクラスメイトからはじまり、部の仲間やライバル、自転車を通じてテルの世界は広がってゆく。それでもテルの世界は結局自転車へと収束してゆき、ひたすらに尖りつづけてニンゲンのはいるすき間が見当たらない。
この自転車でえぐい坂をのぼりきったる。ただそれだけのプリミティブな出発点がそのまま彼の目的地であるため、テルは出口と入り口が継ぎ目なくつながった輪のように、ほかの何をも必要としない。テルには全く悲劇の陰がないが、これが悲劇でなければなんだろう。いつも半目で鼻をほじってぼーっとしているふてぶてしいちびのテルがどうしようもなくかっこいいのはレース中の表情以上に、そういうところだ。彼の痛ましいまでの孤高、それでいて自身は究極に自足しているという、真空のように完璧無比な孤高の天才ぶりに、ただ見とれる。
ロードレース?孤高の天才?興味ないなぁという方でも大丈夫。クラスにひとりはいた男子、あるいはあなたのなかにまだいる男子が、あなたなら投げ出してしまうような険しい坂を黙々とのぼる背中を見つめるだけ。そうこうするうちに少年漫画の名に恥じない熱いライバル、ひとくせあるキャラクター、甘ったれてない大人たち、忘れられないじじぃが彼の物語を彩ってゆくから心配無用。
ヒロインは、えーと、テルのねえちゃん。いい女です。全力しぼりきってぼろ雑巾のようになって倒れこむテルをかついで回収してゆくさまは聖母のごとし。
焼きつく愛
読了から何年たっても街で自転車を見れば思い出してしまうのが、物語終盤、ゴール前の壮絶なデッドヒートだ。
デッドヒートとはいえ速さを競うのではなく、二組の人車ともすでに満身創痍、ギアの外れたマシンをかたや押し、かたや漕ぐという異様なクライマックスシーンである。押すはライバル、漕ぐはテル。このあとの展開は奇跡と呼ぶほどの意外性はないかもしれないが、全編通して描かれてきた愛のうねりが大津波となって途方もない脈動を見せつけるあの瞬間、あのモノローグの熱さは奇跡と呼ぶにふさわしい。文字に起こすと無垢な炎を汚してしまうような気さえしてためらわれる。
長編漫画のなかには長さが欠点としか思えない事態に陥る作品もままあるが、シャカリキ!に関しては、全18巻の道程は間違いなく必要であったと断言できる。彼らの旅をひとまず見届けられた達成感と、これからも無限につづく坂道を思って、ただただ、胸がふるえる。これはそういう稀有な漫画だ。
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