誰もが主人公になれる
新しい主人公設定
この作品以前の女性主人公というと、「風の谷のナウシカ」のナウシカを始め、「もののけ姫」のサン、「魔女の宅急便」のキキは、力強く行動力があり逆境をも乗り越える活力を感じさせ、観る者に憧れと勇気と力を与えてくれるような人物像だった。
主人公だけではなく、宮崎駿作品に出てくる女性は、力強く生き生きした姿で描かれている。
例えば「風の谷のナウシカ」では、風の谷のオババを始め森の一部が菌に侵された時、女性達の対峙の姿は男性顔負けの勇敢さである。「もののけ姫」では多々良で働く女性達の姿や、「魔女の宅急便」ではパン屋のおソノさんを始め魚のパイが得意なお婆さんとそのお手伝いのお婆さんも生き生きと描かれている。
もちろん、今回の作品もそうした女性は出てくる。中でも湯屋の従業員兼、千尋の世話係リンは、とても元気でイキイキとしている。
しかし、今回の主人公である千尋は、少し内気で弱虫な、何処にでもいそうな10歳の女の子だ。
最初のシーンも、両親の引越しの為、転校しなければならず、お別れ会を終えた事を、両親が運転する後部座席で寝そべりながらぼぉっと思い出しているところから始まる。
こんな顔した子供、いそうだなぁと、思わせる。
そして、神隠しに会うトンネルへ、先に入ったのも両親で、千尋ではない。むしろ千尋は嫌な予感がして、入りたくなかったのに、両親が行ってしまい、その場に取り残されるのも嫌だったので、仕方なく追いかけて、入ってしまった感じだ。
以前の作品であれば、主人公が真っ先に入りそうなものである。
その後千尋は、千として湯屋の下働きとして住み込みで働くことになるが、案内された部屋から外付けの階段を下りるシーンがあるが、なかなか始めの一歩が踏み出せない。弱気な一面を覗かせる。
だが、予期せぬ出来事に躊躇し、それでも踏み出さなければならない時、多くの人が千尋のようになるのではないだろうか。
作品では10歳の子供にしているが、大人でも共感出来ることである。
例えば、仕事のトラブルに巻き込まれ、いきなりそのトラブルの収拾役に回されたり、急な転勤で知らない土地で生活を始めなければならなかったり、卒業式などで、急に友達から憧れの先輩のボタン貰ってきてと頼まれたりなど、大小関係なく、多くの人が経験していることだろう。
観る者に、主人公と自分を身近に感じることで、より物語に入りやすくしている。
迫力のある景色
一番分かりやすいのが、千尋が橋から見た湯屋ではないだろうか。
とても大きく、身に迫るような感じを受ける。
写真を撮った物を見るような感じの描き方と、人が物を見るような描き方には、違いがあることを、宮崎駿は良く知っているのだと思う。
また、彼は沢山の色を使い、人や景色を立体的にそして美しく見せるのが上手い。
キーパーソン
千尋がトンネルをくぐり抜けて、初めてあったのが、ハクという綺麗な少年だ。
彼は千尋に人の臭いがしないよう、神の世界の食べ物を食べさせ、無口だけど優しいクモ爺も紹介し、湯屋で働く方法も教え、湯屋で働きながら豚にされた両親を救い、元の世界に戻る方法を探すよう話す。
不安でいっぱいの千尋に、ハクは生きる勇気を与えている。
そして、話が進むにつれ、千尋とハクは以前出会っており、ストーリーの後半では、千尋が川で溺れた時、ハクに助けられたのを思い出す。
ハク自身、自分の本当の名前を忘れ、この湯屋から逃れられなくなっていたが、彼女がハクの本当の名前を告げた事により、ハクもまた彼女に助けられる。
千尋とハクがこの世界に迷い込んだのは、ただの偶然ではなく再び二人が出会うための必然だったと、縁の不思議を感じさせる。
更に彼との出会いで千尋は、それまで内気で弱虫な女の子から、強くて優しく行動力のある、とても魅力的な少女に少しずつ成長していく。
神の世界から人間の世界へ戻る時、ハクが最後の見送りの時、彼はここでお別れだ、両親と会うまで決して振り返ってはいけないと言う。千尋は、また会える?と言う。ハクは会えると伝えると、千尋はきっとね、と笑顔で別れるが、その彼女の笑顔は、最初にトンネルから入ってきた頃の顔ではなく、必ずまたハクと会える時が来るとの確信と、何か大きな事を乗り越えた自信に満ちた表情である。
隠れたメッセージ
神隠し、と言うと昔からある話であり、少し怖い感じもあるが、この作品では、親近感さえ感じる。
神隠しの場所を日本古来の八百万の神が利用する湯屋としている。風呂は日本人にとって、心の洗濯とも言われたり、疲れを癒すところでもある。神様も、人の世を清めるのに尽力し、疲れた心と体を癒しにくるという発想は、日本古来の神々が人と近しい存在だったからこそ出て来るものだと思うのだ。
そして、なぜハクが自ら湯屋に来たのか、その理由も現代の日本に響くものである。
彼が人の世で川の神として生きていたが、その川がマンション建設という人の都合で埋め立てられ、人の世で生きることが出来なくなったからである。
千尋を自分に置き換え、エンディングには、自分もどんな事があっても乗り越えられるという勇気と、清々しさを感じるが、それだけだろうか。
都市開発を進め、海、山、川を汚している事も忘れ、氏神様の恩恵も薄れている現代の日本に、何処にでもいる現代の千尋を通し、目に見えない存在への感謝と、自然を人の都合で何でも切り崩して良いとは限らないという、もう一つのメッセージも含まれているのではないだろうか。
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