伝説の一コマを語る - なるたる―骸なる星珠たる子の感想

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なるたる―骸なる星珠たる子

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画力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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感想数
1
読んだ人
8

伝説の一コマを語る

4.54.5
画力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

代表作はこれ

鬼頭莫宏さんと言えば、一番有名なのは「ぼくらの」だろうが、個人的に一番鬼頭さんらしさが光るのは本作であると思う。というより、ぼくらのが少し特殊と言うべきか。有名なのでイメージ的に、鬼頭莫宏=ぼくらのになりがちだが、あの作品はある意味で「のりりん」よりも鬼頭さんらしくないと言ってもいいくらいだ。じゃあ鬼頭さんらしいってなんだと言えば、やはりこの、なるたるである。子供、エログロ、兵器にSF、父と娘に、ガリガリセックス、欝まみれ。あの時代流行っていた世界滅亡からの再生エンドのうちの一つな本作は、やたらと辛い描写が多いのがひとつのウリ。偶数巻に起こる悲劇は有名である。実際作者も、これを書いてた時は病んでいたんだよと認めているあたり、やはりそういう作品なのだろうが、筆者的には好きな漫画の一つである。鬱だからではない。刺激的だからだ。何が一番刺激的であったかは、おいおい述べよう。

お父さん

鬼頭さんの作品で印象深いもののうちの一つ、父親。父と娘の話は大抵痛い恋愛話並みにかぐわしいものも多い中で、シイナの父ちゃんは読者的にも申し分なくいい親父であっただろう。ぼくらのでは、「なんであんた、そんなに父親が好きなんだ?」という娘さんが二人も出てきてハハハっと思ってしまったが、シイナの父ちゃんには何も言えん。いい人すぎる。やりすぎなファザコンも納得というものだ。でもまあ、若いあんちゃん鶴丸の家に逃げ込んだシイナを泊めておいてくださいと言える度胸はいろんな意味ですごいと思う。「信頼されてるんだなぁ」とのり夫も言っていたが、そういう問題だろうか。飛行機は操縦できるが、いい年して車の免許は持ってないところもチャーミングなお父ちゃん。この父ちゃん、やたらと竜の子に馴染みがあるらしく、作中で竜を何度か目撃していることが明かされるが、本人はとくに関係ないのが個人的にツボである。娘はふたり揃って乙姫で、母は実生の時に気がついて研究を始めているのに、お父さんは一般人だし、何も言ってもらえないし……「うちの女どもは頑固では秘密主義だなぁ」みたいなこと笑いながら言える父ちゃんホントかっこいい。筆者なら、すねる。そして好感度を稼げるだけ稼いで、最後の最後には死んでしまうお父さん。というか、明らかに死ぬために稼いだ好感度なのだが……途中から死亡フラグビンビンでしたもんね。おかげ様でシイナの絶望っぷりも、多大な説得力を持って描写されたわけだ。でも、なんで殺されたのかは正直ピンとこない。シイナ以外をあそこに導かないため……それとも文吾の独断か。正解は、シイナを不幸にするためである。メタ的に。

なぜ不幸ばかりなのか

この漫画には不幸な出来事が多いのは誰しもが認めるところである。もちろんロシア編など、いい話もたくさんあるのだが、基本的には、結末含めて陰鬱気味である。シイナという、世界を守りうる最後の鎖を恨んだ奴がいたせいで世界が滅ぶという、清々しいまでのカルマっぷりには感動すら覚えるくらいだ。なぜこんなにもネガティブな展開ばかりなのか。上記の父ちゃんに関しても、理由があって死んだというよりも、明らかに死ぬために理由があると言ったほうが正しい。この漫画は、徹底的にそういう描写が多い。物語の進行とはあまり関係のない場所でも、あえてとばかりに誰かがひどい目に遭う。無駄に不幸が多すぎるのだ。その最たるものが、のり夫の死である。個人的にはこの漫画のピークは、天使の人形に据えられたのり夫の生首だと思っている。あの描写が、あの絵が漫画全体で一番衝撃的だった。心底ゾワッとした。あの時点でのり夫が死んでいたことはわかっていたはずなのに、そのシーンは脳裏に焼き付いた。人形の首をすげ替えるという行為自体は、のり夫の死後のことであり、実際にはその前の拷問レイプ猟奇殺人の方が残酷である。だが、絵のインパクトは偉大である。これぞ漫画の醍醐味だろう。不気味、残酷、悪意、卑近、グロテスク、あらゆる要素がつまった最高の一コマだったと思う。思うのだが、過剰じゃないかと言われれば返す言葉もない。そのシーンに限らず、のり夫に降りかかった不幸は全体から見ても明らかに異常なレベルで悲惨だった。なぜのり夫はあんなに可哀想な目に遭わねばならなかったのか。豚食いというヤクザは、話に関わってるわけでもないくせになぜいきなり現れて、一部読者にトラウマを植え付けていったのか。おそらく、あの漫画で一番ヘイトが溜まっているのは彼である。ちょっと出てきてすぐ殺された彼である。なぜだ。ストーリー的には、宮子とか須藤とか、シイナの父ちゃん殺した文吾とか、色々いるだろうに、なるたるとグーグルで予測変換するとすぐに豚食いと出てきてしまう。これは間接的にのり夫の人気の高さを示しているのだろう。実際筆者も好きだった。そういうキャラを殺すのに努力を惜しまないのが、なるたるクオリティ。のり夫の人気の出やすいキャラクター性も、作者的には死へのフラグであったわけである。では、そんな不幸な演出をした理由というのは……実はというか、やはり存在しない気がする。

テーマ的には無意味だが?

総合的に見て、あれほど不幸な描写が多い理由は、ストーリー構成上、存在しない。せいぜい、オチへの納得度が高まる程度のものである。それまでいい話ばかりを続けておいてあの終わり方だと、そりゃあ「これはおかしい」と否定もしたくなっただろうが、それまでがそれまでだったので、ああいうエンディングでも、「やっぱりな」と納得である。最終的に地球が滅ぶ、というより全生命が滅ぶようなあの終わり方、予想していた人も多いだろう。はっきりとは確信していなくとも、「まあ、そうなるか」と頷いた読者が、おそらく大半であると思われる。そしてその方がテーマに納得できるという点で見れば、それまでのやりすぎな不幸描写も意味があるのかもしれない。しかし、やはり、それにしてもやりすぎなのは誰の目から見ても明らかであろう。何度も言うが、のり夫の死にあそこまでの凄惨さは必要ない。その後すぐに、シイナがバラバラになるショッキングなシーンが重なることを考えればなおさらである。この辺がこの漫画を書いていた時期、自分は病んでいたと作者が評した理由なのだろう。ちょっとやりすぎた自覚はあったんすね、やっぱり。しかし、しかしである。先程も述べたとおり、筆者がこの漫画で一番好きなシーンは、父親が死ぬ場面でもなく、ホシ丸の正体が明かされるシーンでもなく、天使のり夫の生首である。あれがこの漫画で、一番いろんな人の印象に残っているのである。だがそれって作品全体から見れば失敗じゃああるまいか。まさしく演出過剰がもたらす主客転倒ではあるまいか。結局のところあの漫画の持っていた命に関するテーマは、薄まってしまったのである。なぜ、そんなことが起きたか。一つの作品において、最も衝撃的なシーンというのは、もっとも語りたいポイントに合わせるのが理想である。ただの単に衝撃的な展開をつけるだけではダメなのだ。この辺がきっと若い作家のやりがちなミスなのだろう。ではこの漫画もその類の一つなのか……否。これは実は、作者の卓越した技術が裏目に出た結果だと筆者は見ている。終盤に起こる、シイナの父の死、核の雨、死亡ラッシュ、巨大な腕が人類を滅ぼすあの描写……全て衝撃度は相当なものだ。そしてその全てが、ストーリー的にも重要な意味を持つ。作者の狙いは何一つ間違えていない。しかし、ここで大きな問題が起きた。古賀のり夫が、絶妙に魅力的すぎたのである。また、シイナの父が死ぬことはなんとなく予想できたが、のり夫の死はタイミング的に意外であったことも問題を助長してしまった。しかも彼の死の寸前、竜が見せた姿は胎児……泣ける。のり夫よ、安らかに……読者にとって深い痛みを残す結果となったのり夫の死は、ここまでなら、まだよかった。ここまでなら、ひろ子と同じラインのものであった。やらかしたのは、結局はあの天使の一コマである。あれが凄まじかった。あれが決め手だった。あの一枚の絵が漫画表現的に優れすぎていたために、十分に素晴らしかった終盤の展開のインパクトを超えてしまったのである。贅沢な失敗である。おかげでなるたると言えば、思い出すのはのり夫ばかりになってしまった。漫画というものは、そこに絵を挟む以上、ビジュアルインパクトは重要なのである。この漫画において二番目にインパクトが強かったのは、おそらくシイナがばらばらになるシーンで、次がきっと世界を滅ぼす腕である。いやぁ、惜しかった。しかし、しかしだ。このたび何度目か分からぬしかしである。この物語のテーマ、果たしてそんなに素晴らしいものだろうかというと、けっこう疑問である。この漫画の描かれた時代というのは、この手の過剰な絶望が生んだエヴァ的な終末観が流行っていた時代であり、それをどうすればよいのかというこじつけのテーマが量産されていた時代でもある。正直この漫画のテーマ部分は、そんな程度だ。ストーリーラインが優れているため、今読んでも楽しめるのだが、そこが凡庸であればただの面白くない漫画だったろう。そう考えると、ストーリー的にもテーマ的にも大した意味がないタイミングで、純漫画的に圧倒的であったあの一コマは、ちょっと違った意味を持ってくる。むしろああだったからこそ、テーマが廃れた時代であっても輝けているのではないかと、そう思えてくる。時代を超えて不変なものは、ようするにおかしな介在物が存在しないということだ。あの一コマは、作者の病みっぷりがセンスを伴って暴走した結果生まれた、紛れもなく純粋な「黒」である。だから、凄みがある。今となっては、あの一コマこそなるたるであったのかもしれないと、そう思う。

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