ポップアート的モノ語りと古典の融合 - ちいさこべえの感想

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ちいさこべえ

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ポップアート的モノ語りと古典の融合

5.05.0
画力
4.0
ストーリー
5.0
キャラクター
4.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

モノに語らせる作家

この作品を読んだ時に一番はじめに印象に残るのはやはり、モノのディティールの書き込みの細かさだろう。映画化もされた初期の代表作「ドラゴン・ヘッド」でも登場人物のスニーカーが妙に記憶に残ったが(ヒロインの履いていたポンプヒューリーは2010年代にリバイバルされ再び流行している)、その傾向はより顕著にあらわれ、もはやディティールは物語を装飾する存在という域を超え、ディティールによって物語が進んでいく様な印象すら与える。主人公が履いている靴に至っては、仕事中は「コンバースオールスター」、プライベートは「オールデン ロングウィングチップ」、ランニングは「ナイキ ロードランナー」と3種類が場面によって履き分けられている(度々思い返されるアメリカ放浪中のブーツは「LL Bean」)。実在するモデルがここまで登場するというのも珍しいと思うが、つまり作者にとってはこのブランドのこの靴を履いている事こそが物語のリアリティなのだろう。それは全ての身の回りのモノに対して徹底して行われる。全員のキャラには履いていそうな衣装と靴(おそらく実物をモデルにしていると思われる)が細かく設定され、大工の職人道具、調理器具、食卓のシーンでは必ず料理の細かい描写がある。こういった描写によって日常の濃密なリアリティが展開されるが、それはどことなくノスタルジックな光景だ。スマホが登場しているので、設定は現代なのだろうが、登場するモノはオーセンティックなものが多い。主人公の靴にしても、古くからあるモデルのものばかりだ。そういった「古き良きモノ」に囲まれた丁寧な生活は、おしゃれなライフスタイル雑誌のカタログのようで、とても魅力的に見える。

90年代経由、ポップアート

既製品と芸術といえばまず思い浮かぶのは、アメリカの大量生産品であるキャンベルのスープ缶をアートにしてしまったアンディ・ウォーホルなのだが、こういった作品によって、消費社会の空虚さを露わにしてしまったウォーホルの手法よりは、90年代以降のストリートファッションのカタログ消費的な側面が強い。今やシュプリームとルイヴィトンがコラボしてしまうような時代になったが、当時はまだ若者の文化だったストリートブランドは、当時の若者のアイデンティティの拠り所だった。エアマックス狩りなどという社会問題すら巻き起こしたが、そういった「モノ」こそ全てであり、憧れの的だった。世代的にも作者はこの文化に大きな影響を受けていたという事は間違いないだろう。そして90年代に活躍したクリエイター達の多くはウォーホルからの影響を受けた、ポップアートの子供たちだった。

モノ的エロス

もうひとつ特徴として上げられるのが、女性のパーツに対するフェティッシュな描写だろう。ここでもエロスはあるが、いやらしさが無い。つまり品があるのだが、ここにも「エロ」をモノとして見る距離感があるように思う。りつの姿には写真家ウィリアム・エグルストンの作品を連想させるような瞬間がある。エグルストンの作品も基本的に視点が乾いていて、被写体との距離感がある、しかし叙情がある、という部分で望月との共通点を見出だす事が出来るだろう。エグルストンもまた、アメリカ郊外の空しさのようなものを取り上げた人だった。相当の変人として知られているらしいが、飄々としたその姿はウォーホルにも通じる所がある。

子供たち

前作「東京怪童」では主題となっていた「子供の闇」というモチーフはここでは物語の端々にわずかにあらわれる程度だ、あっちゃんの想像する恐怖の怪物や、さくらがノートに書き溜める「呪い殺したい奴リスト」等にその兆候が見える。正直「東京怪童」では上手くこのテーマをさばけずに、とっちらけで終わってしまった印象が拭えないが、ここでは物語に深みを与えると同時に、あっちゃんの想像(箱の中身は何?)によって繋がるラストシーン等、見事に物語の一要素として処理された印象がある。

古典との融合による傑作

「ドラゴンヘッド」は風呂敷広げ過ぎ作品として漫画読みの間で語り継がれているが、それは大災害と日本崩壊という、挑んだテーマのあまりの巨大さに物語の収集がつかなくなってしまった作品だった。今回は原作が山本周五郎ということで、ある種ベタとも言える、普遍的な物語が展開される。しかし望月ミネタロウによるポップなモノ的世界観が前面に出る事によって、ここにひとつの距離感(メタ的視点)が生まれる。このベタをメタにやるという構造こそが、この作品の最大の魅力だろう。しかしモノ的視点が先行し過ぎても、なんのこっちゃよくわからないことになってしまう。山本周五郎による強い構造の物語というベタがあってこそ、両者の魅力がより一層引き立てられる。「ちいさこべえ」を読む度に僕はこの世界観に引き込まれ、本気でこの世界に行きたいと思ってしまう。そんな気持ちにさせてくれる作品は数少ない。

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