新しいゾンビ映画としてのワールドウォーZ
ゾンビ映画の伝統と革新
ホラーの大きなカテゴリーとしての地位を築いているゾンビ映画。かなり古いものから新しいものまで、ゾンビ映画は星の数ほどもある。その中で、ワールドウォーZはそれらの伝統的なゾンビ映画の要素をふまえつつも、それらとは一線を画する新しいゾンビ像を提供している。ここでは、ワールドウォーZの伝統的な面と新しい面についてみていきたい。
伝統的なゾンビ映画的要素
噛み付かれると感染する
噛み付かれると感染するというのは、ゾンビ映画の一つの大きな約束事になっているといっても過言ではないぐらい、様々なゾンビ映画に用いられるモチーフである。ただ、噛み付かれてからどのくらいでゾンビに変化するのかというのは映画によってさまざまで、最短数秒、最長一日程度である。ワールドウォーZの場合は数秒なので、かなり噛まれてからゾンビになるまでの時間が短い。
噛まれてからの時間が短いほど、数秒前まで仲間であったゾンビを平気で射殺したりといったパニック映画的な要素が強くなる。これに対し、噛まれてからの時間が長い映画では、ゾンビになりゆく家族などを前にして、それを殺すことへの葛藤などが描かれることが多い。映画の作り手がどういったことを書きたいかで噛まれてからゾンビになる時間が変わってくるのだろう。
そもそも、なぜゾンビが増えていく手段として噛み付くという行為が選ばれたのだろうか。多くの映画では噛み付かれることによって、ゾンビ菌のようものが体内に入り、それでゾンビになるというモチーフを採用している。なぜゾンビが生殖をして増えたり、分裂をして増えたりする映画が見当たらないのだろうか。これは、増える手段として感染が一番手っ取り早く、不自然でなかったためだろう。生殖にはどんな生物も一定の時間がかかる。ゾンビ映画で生殖なんかしていたら繁殖スピードが遅く、とても人間の脅威にはならなかっただろう。ゾンビが分裂で増えるというのも、なんだかイメージしにくい。そこで、感染病などの爆発的な蔓延などをヒントに、噛み付いて数時間で感染、発症というモチーフが作られたのだろ。
新しいゾンビ映画の要素
難病に感染している人を避ける
ワールドウォーZに登場するゾンビは、難病に感染している人間を襲わない。彼らはゾンビにとって「透明な存在」となるのである。主人公がゾンビが特定の人間を襲わないことに疑問を持ったところから、この映画の解決の糸口が見つかるのである。ゾンビは見境なく人を襲うということが多くの作品のモチーフになっている中、この襲われない人もいるという設定は非常に斬新である。しかも、ゾンビがそういった人を襲わないというのは自分たちがその病気に感染しないためか非常に合理的な設定である。
音に反応する
過去のゾンビ映画の中でも、ゾンビは目が見えていないという設定のゾンビ映画は少なくない。そのため、においに反応したり音に反応したりする。そういった意味では音に反応するゾンビというのはそこまで新しいモチーフではないが、音だけに反応するというのは少ない。音だけに反応するという設定は、この作品の中で非常に有効に働いている。ヘリコプターの給油をするシーンで携帯が鳴ってしまう場面や、最後に主人公が病原体を体に打ち、自動販売機から商品が転がり出る大きな音にゾンビが走り寄っている中を悠々と出口に向かうシーンなどが印象的である。
固まりで襲い掛かって来る
ゾンビや波のように襲い掛かってくるのは最近のトレンドなのかもしれない。「新感染」など最近の他のゾンビ映画でも見かける。それまでのゾンビ映画では集団で襲い掛かってくるとしてものろのろとあまり俊敏には動いていないが、この映画ではゾンビが集団というよりも塊というくらいの大人数で、波のように襲い掛かって来る。それは人間の集団というよりは、水やアメーバのような動きに近い。町中でゾンビに襲われるシーンは津波を連想させるし、ゾンビが高い壁を上るシーンは小さい昆虫やアメーバを連想させる。非常に見ごたえのあるシーンである。
対処可能な敵としてのゾンビ
これまでのゾンビ映画は、ゾンビがどんどん増えて対処不可能になり、人間が塀などに囲われた限定された区域で生きていくということでエンドとなっていたようである。または、人類の未来は描かず、主人公が探していた人物が見つかって抱き合って終わるなどの終わり方が多かった。しかしワールドウォーZでは、最終的に「透明な存在」になるためのワクチンが発明されたり、ゾンビを広い場所におびき出してミサイルで爆破したりと、ゾンビが対処可能な敵として描かれている。ゾンビは一時的には 人類の脅威になるけれども、人類の存在をおびやかすまでにはいかなかったのである。
ゾンビ映画の未来
ゾンビはもともと、制御不能、理解不能な完全な化け物であった。しかし、このワールドウォーZに出てくるゾンビは、難病者を避ける合理性を持ち、最後には人類によって適切に対処されていく様子が描かれている。もはや制御不能、理解不能は完全な化け物ではない。今日の世界では、医療や化学の進化によって、様々な事象が解明され、対処可能となってきている。ゾンビもいつか人間にとって対処可能な相手となってしまうのだろうか。
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