野球?頭脳戦?いいえ、野球プロレスです。
頭脳戦かと思いきや?
名捕手野村克也氏曰く、頭のスポーツことベースボール。野球のアスリート的側面でなく、将棋的要素にスポットを当てた漫画……と言えば聞こえはいいが、実際はあちこち無理がある、なんちゃって頭脳バトルである。であるが、この漫画、なかなかどうして面白い。というより、無理があるから面白い。漫画というのはそもそも勝ち手が決まっているお約束を楽しむプロレスなのだが、本作はそれにどこまでも忠実なのだ。負ける奴はいつもこれでもかってくらいにフラグを立てまくるし、勝ち方もだいたい同じで、代わり映えがない。心理戦に単純に引っかかりすぎである。頭脳戦を謳うわりに、オドロキ役とダマサレ役がはっきりしている時点で、なんだかおかしい。普通それだとつまらないのだが、あまりにも堂々と、痛快にやってくれるので、なんだか普通に面白いのだ。作者も陸上競技者が盗塁マスターになるのは、現実には厳しいと言ってますし。となると、漫画の中に散在する矛盾点も笑える要素として輝きを帯びてくるから不思議。なんだか彼岸島みたいだ。という訳で、変な部分を楽しんでみる前提で読み直してみよう。
賭け野球出身・ワンナウツ契約
いったいどんなオーナーがこんな奴を取るのかと言いたくなるような渡久地の経歴だが、持ちかけた契約もめちゃくちゃだ。というかオーナーさん、最優秀防御率の選手でもプラマイゼロって、よくすぐに計算できたものである。計算能力に関しては間違いなく本物なご様子。さすがはやり手の経営者である。予測外れて赤字吐きまくるようになってからは、なりふり構わぬ外道ぶりを見せてくれるのも面白い。その間態度がいちいち小物っぽいという名ヒールっぷりも注目だ。毎回勝った気になっては、大逆転を決められる姿は間違いなくプロレスである。はっきり言ってこのお約束が楽しめないようであれば、この漫画はつまらないだろう。しかしこの人、当たり屋雇って渡久地を潰そうとするなど、本気で鬼畜な手も使ってくるのだが、そんだけズルいなら、そもそも契約を反故にすればいいんじゃあ……よくもまあプライドなんてものを理由に渡久地に支払いを続けたものである。ズルいんだか律儀なんだか、わけがわかりません。ま、それじゃあプロレス、もとい漫画にならないので、それでいいのであろう。とにもかくにもプロレスらしさが光る本作である。
渡久地さんのピッチング
今度は野球としてのおかしさを見てみると、まあ面白い。まず、監督に威厳無さすぎである。よりにもよって監督が驚きヤムチャ役とは……まあ、それは構わない。野球としてのおかしさは、例えばスライダーを投げるとき肩が開くクセがあると言われて、思わず「肩を閉じる」ように投げてしまった水橋のスライダーが打ちこまれるところとかにある。球種分かったくらいで打たれるような変化球で、抑えられるほどプロ野球って甘くないと思うのだが、そこは物語の展開の為にあっさりと打たれまくるのがプロレススタイル。頭脳戦が通じないとなると、漫画にならないからね、仕方ないね。問題、というよりも面白いのは、渡久地の投球スタイルだ。建前では彼は、星野伸之さんレベルの急速しか出ないストレートとコントロールのみで打者を翻弄していく異様なピッチャーである。だからこそ、打者との心理戦が光るはずなのだが……彼、ボールの回転数をある程度自由に変えられるらしい。それのどこが直球だぁ!?それやっちゃあ流石にストレートだけという建前は通じないと思うのだが……ありとあらゆるストレートを投げられることと、変化球を投げていること、どちらも同じような意味にしか感じないのは筆者だけではなるまいに。初めて読んだ時は「じゃあダメじゃん」と笑ったものである。高見さん、「パームボールのように……」みたいなことを言っていたが、正直そのボールはパームそのものである。相手の打ち気を見て即座に変えられるという設定は素敵だと思うのだが……。ちなみにボールの回転を上げられるっていうのは、凄まじい才能である。急速あるけどノビがないピッチャーというのはそれができないのに。そんないい球投げられる渡久地くんは、勝負師というよりも立派なアスリートだ。体重増やせば普通に本格派であることは間違いない。なにせ、終盤において、渡久地の球をいかに攻略するのかという敵チームの修行ターンがあるくらいだ。修行しなきゃ打てないボールなのである。あれ、漫画の趣旨……。結局のところ、素人に毛が生えたようなボールでは勝てないという結論は正しいのだろうが、それってつまり、普通のピッチャー対バッターである。
雨天中止狙い
作中渡久地が行った最悪の暴挙が、これである。こんなもん、マリナーズファンが暴動起こすに決まっているだろう。というか実際、これをやって昔暴動が起こったことがあるのだが……知らない人は、平和台事件で検索してみよう。そして引き伸ばしを渡久地が狙っていたのが分かるやいなや、ノリノリでそれを実況しだす放送席もヤバい。まあしかし、あの間の駆け引きはこの漫画最大の見所のうちの一つなのは間違いない。渡久地のグラウンド外での狡猾野球の本領はここに発揮されているといっても過言ではないだろう。ボールでの引き伸ばし、反則バッティングでの速攻アウト、ボーク連発、打席切り替え、ノープレート投球、三塁進塁……「あらかさまな遅延行為は試合放棄扱いになりかねない」と児島選手はおっしゃっていたが、すでに明らかに注意されていても仕方がないところまできていそうな気がするのは気にしてはいけない。プロレスだもの。だが、その後のウルトラCは素直に感心した人も多いのではないか。誰もが引き伸ばしを狙っている中で、真の狙いが勝つことであったというミスリードは素晴らしかった。また、相手ピッチャーを追い込んで、反逆させる作戦も凄まじくいやらしい。マウンドグチャグチャにしておくこずるさこそ、ワンナウツ流野球と言えるだろう。この章は本気で面白かったと思う。ノーゲームでのウルトラCも、素直にすげーと思えたものだ。このように、「こんなもん暴動起きるがな」みたいなツッコミを一旦越えてしまえば、すごく楽しめるのがこのワンナウツだ。正直最後のオチは簡単に読めただけに、この章の面白さは本当に輝いている。
あのなあ渡久地……
ここまで褒めてきたので、ここからは笑うターン。上記のセリフは、ホームで最強の球団がビジターでは半分も勝てないことを明らかに異常と訴える渡久地に対して突っ込む、「どんどん若返る男」こと出口くんのセリフである。この時彼は、それは天然芝球場の宿命的な発言をしていたが、それ自体はおかしいことではないだろう。ホーム球場というのは、基本的にホーム球団に有利なものだ。そして、ホームでメチャクチャ勝てるくせに、ビジターで全然勝てないチームというのは、実によくあることである。本当によくある。ありすぎて泣けてくる。しかもシーズン途中であれば、分母が少ないために成績は極端になりがちなため、上記のようなことは普通に起こり得るのだ。それを渡久地さん、「明らかに異常」と言い切ってしまった。いやいや、異常じゃないよ、普通ダヨ。どうした勝負師。結果的に彼は正しかったのだが、もはや頭脳ではなく勘の領域である。それでいいのか勝負師。で、その反則チームとの対戦であるが、ここでおかしかったのはむしろ相手側と言えるだろう。反則野球をするのはいいのだが(よくないけど)、隠す意識が低すぎる。選球眼がいいやつには偽ナックルを投げないなんて、対策が甘すぎる。だいいちそんな程度で見切られるような球であれば、スローカメラでいくらでもバレバレだろうに……。そして負けたらすぐに反則をやめるあたり、やっぱりズルいんだか素直なんだか……。
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