とにかく猟奇的、情景を思い浮かべることもおぞましい事件 - 十津川警部「狂気」の感想

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十津川警部「狂気」

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
4.50
感想数
1
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とにかく猟奇的、情景を思い浮かべることもおぞましい事件

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
3.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

実際に起こったら犯罪史上に残る大事件

西村京太郎氏の作品における殺人事件では、遺体が吊るされているという方法で放置される事件がいくつかある。どれも想像するだけでおぞましい事件ばかりだが、この「狂気」の遺体の扱いはその中でも突出して凄惨である。

女性が全裸でしかも逆さづり。その上乳房を傷つけられているという。まさしくタイトル通り「狂気」しか感じない。その上同一の方法の殺人が一度では済まず、被害者が拡大する。

一体その犯罪の動機はどんなものなのか、序盤の遺体が見つかった際の衝撃で一気に物語に引き込まれる。しかし、狂気とは犯人の殺しの方法を表現した言葉ではない。

遺体がぶら下がった様子をテレビで放映するテレビ局。作中報道各社が犯人がメールで送り付けた遺体の様子の画像を放送したという描写があるが、現実にはあり得ないだろう。

もし、こんなことを実際マスコミが行なったら、今なら相当なクレームが来るに違いない。犯人の狂気より、被害者や被害者の遺族に無配慮、さらには多くの人のトラウマになりかねない画像を流すマスコミの方が、狂気じみている。小説の中のことなので実際のマスコミはもう少し配慮はしているはずだが、こういった報道の在り方の描写は、どこか今のマスコミの被害者への無配慮差へのアンチテーゼのようにも思える。

十津川がまだ捜査していない場所を読者に見せる手法

西村作品は作品によって読者の目線を十津川警部の目線通りにしたり、犯人目線にしたり、種明かしがある程度されていて、犯人は絞られているんだけどアリバイをどうやって崩すかが面白かったり、色々な手法がとられている。

この作品では、遺体発見から一見平穏な女子大生の図書館での男性との出会いにがらりと場面が変わる。一見この二人は事件にどうかかわるのか、あまりに平和な様子で最初は想像もつかない。

結果的にはその二人は事件に関与していくのだが、十津川が二人に行きつく前に読者に二人の出会いを紹介することで、どういう心理状態や背景で十津川に供述しているのか、読者に理解しやすい手法がとられている。男性の高原の方は好き好きがありそうだが、女性の真理の方は大変好感が持てるヒロインのため、彼女の行動には共感が持てる読者も多いのではないだろうか。

十津川警部ばかりではなく、この作品のもう一つの視点はヒロイン真理であり、大胆な行動には驚かされる一方でカッコよさを感じる。

この作品は2004年が初版だが、もちろんインターネットではメールやHPなどが存在していたものの、まだTwitterをはじめとしたSNSが台頭しておらず、ADSL回線が流行りだす一方でまだダイヤルアップでインターネットをしている人も存在した時代である。やり取りが閉鎖的なヘイトサイトのHPのメッセージからというのも、もはや古めかしい感じがするが、こういうサイトを使う気味の悪い犯人、という意味では、あけっぴろげなSNSより不気味さは強調されている。

またゆきちゃんか!

ストーリーは大変興味深く読めるのだが、キャラクターを星四つとした理由に次の点が挙げられる。散々西村作品を読んできた読者としては、被害者の名前が「木村ゆき」と出てきただけで、また「ゆき」ちゃんか、と胸やけに近い既視感を感じるのだ。

とにかく西村作品には、女性は「ゆき」と「みどり」、「ゆうこ」が多い。本名がゆきでなくても、勤めているスナックでの源氏名がユキということもしばしばである。筆者のこだわりや好きな名前なのかもしれないが、別の名前の方が作品の個性が出るし、インパクトも強くなるのに、と感じる。

挙句「ゆき」で胸焼けした後に出てきたカメラマンが「三浦」で、これも西村作品の男性の姓ではナンバーワンに良く出てくる名前のため、再度胸焼けしてしまう。

救いは、ヒロインの真理や真理の思い人の高原が、西村作品ではあまり出てこない名前だという点だろう。

動機がはっきりせず

猟奇的で衝撃の大きい殺人の方法や、犯人と思しきヘイトサイトの男と真理とのメールの攻防戦は目を見張るものがあり、ストーリーの展開は非常にテンポが良い。

しかし、読了して見るとここまで猟奇的殺人をする動機がよく分からずじまいで、犯人についてもいわゆる「病気」という言い訳がまとわりついてしまい、やや尻すぼみ感が否めない。ミステリーとしての切れはあるけど、結末としては狂気じみてしまった人が狂気じみたことをしてしまったという展開になってしまった点は惜しい。

また、この物語と似たような「巨大建築への嫌悪感」を扱ったものに、京都駅殺人事件(西村京太郎作)があるが、大きいばかりで風情がない建築物への嫌悪は、もしかしたら筆者本人がどこかで思っている感情を、犯人に代弁させているようにも思える。西村氏は東京生まれであり、京都でも長く生活をされていて、とりわけ京都については景観の問題でホテルや駅ビルの建築について賛否が出たりもしていた。良い建物とは大きさではないという業界の勢いに負けてしまった反対派の意見を、結局は負けてしまう犯人に言わせることで、意見を汲むことで平和的解決が望まれる(意見を汲む場があれば犯罪は起きなかった)という優しい西村氏の意志のようなものも感じるのである。

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