所々気になる違和感が拭い去れない作品 - 1Q84 Bookの感想

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1Q84 Book

3.503.50
文章力
4.25
ストーリー
3.50
キャラクター
3.50
設定
3.50
演出
3.50
感想数
4
読んだ人
40

所々気になる違和感が拭い去れない作品

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.0
設定
3.0
演出
3.0

目次

魅力的な始まり方

なにやら思わせぶりで訳知り顔のタクシードライバーとの会話から始まるこの物語は、冒頭から不思議な魅力となにが起こるのだろうという期待で、勢いこんで読むのではなくもっとじっくり味わいながら読まなくては、とどこか襟を正して向かおうと思うくらいの魅力があった。この物語でよく出てくるヤナーチェクの「シンフォニエッタ」という曲は作者も曲の名前も初めてこの小説で知った。せっかくなので聞いてみようと思い(小説に出てくる曲や映画、小説、料理など試してみようと思うのも、質のいい小説(時にはマンガでも)ならではと思う)、読みながらBGMとして聞いてみた。始めの高らかなファンファーレといい、胸を張ったような行進が目に浮かぶようなグランディオーソともマエストーソとも言うべき威風堂々とした始まり方は、青豆が登場するのにふさわしい音楽のように思われた。少し調べてみたところ、その堂々とした音楽はやはり何かのスポーツ大会の開会式のために作られたということだった。そのような完璧な始まり方なので、これからどうなるのかとあせる気持ちを抑えながら、意識的にゆっくり読み続けていった。

NHKで働く父親を持つ少年と宗教の中で生きる両親を持った少女

この2人の対比は小説のテーマとしては本当にいいと思う。どちらも自分で選択が出来ない年でありほぼ強制的にその世界で住まざるを得ない不公平さは、時折個人的に考えることのひとつでもあった。特に宗教に関しては、親がそれを選んでその生活をしている以上子供もその教えに染まらざるを得ない。それはまだ自身の考え方のシステムが出来上がっていない柔らかい頭に、既定のシステムをはめこんでしまうことに他ならない。作中に出てくる言葉「生まれながらの被害者」「脳の纏足」とはよく言ったものだと思う。
個人的には就職先をある程度大人になってから決めるように(それさえも生まれながら決まっている人もいるだろうが)、宗教もある程度自分に責任を持てる年齢になってから選ぶべきだと思う。生まれながら考え方の方向、自我の方向を定められていることはある意味洗脳に他ならないからだ。それは極端に言えば、まるで少年兵の育成を思い出させる。
そのような環境に生まれ育った2人をこの物語のキーパーソンに据えることは、深く重いテーマで知的好奇心が刺激されるだけでなく、とんでもないリアリティが生まれてくるように思う。
NHKが実在の企業であるのはもちろんだけど、青豆が属したと思われる宗教団体、また「さきがき」などのコミューンも実在のモデルがあると思われる。そういった宗教関係の問題を浮き彫りにするようなこの物語は、個人的にかなり興奮した。
またこういう実在と思われる団体を控えめに見積もっても“批判した”とも思えるこの小説は、村上春樹の今までの作風ではなかったものであり、またその勇気は評価されるべきのものだと思う。

1984年と1Q84年

「1984」といえばジョージ・オーウェルの作品を思い出す(読んだことはないが、映画「フォーチュン・クッキー」でアンナの課題かなにかで出てきていたので、きっと古典の名作なのだろうという意識だった)。なのでこの小説の世界ととどれほど繋がりがあるのかはわからないけど、「タカシマ塾」コミューンで考え方を固定された人々が生きる世界をジョージ・オーウェルが書いた世界と同じようなものだと表現していた。そこで書かれていた「脳死的な状況」という表現は、いままで書かれていたコミューンでの生活を表現するのに、毒を含んでいるにせよ、ぴたりとくる。このような卓越した言葉のセンス、比喩の素晴らしさは村上春樹ならではと思う。
1Q84年には警官は殺傷能力の高い拳銃を持ち、月は2つある。それは青豆が高速を降りて非常階段を降り、三軒茶屋でフェンスを乗り越えたことで入り込んだ世界。この設定は素晴らしいし、違う世界で求め合う2人を描いた作品として切なさも感じられる。映画で言うと「イルマーレ」とか(あれはテーマもキャストもいいのに、なにか消化不良を感じさせた映画だったけれど)を思い出す。村上作品だと「ねじまき鳥クロニクル」(あの不可思議な暗さ、濃密な花の匂いを感じさせる部屋)がちょっと近いかもしれない。だけどこの「1Q84」では書かれているテーマが多すぎて、そしてそのどれもが存在感があり読み応えがある分、その素晴らしい設定がちょっと生かしきれていないような気がするのだ。

登場人物の魅力

主人公となっている青豆のもつ強さとその職業、屋敷に住む老婦人とそのボティガードのタマル。この3人が絡む話がこの物語では最も私が好きなところだ。この小説のもっともハードボイルドな部分と言うのだろうか、タマルのあの無駄のない強さの描写は、彼がいかにプロフェッショナルなのか(そして青豆が処理しようとしたリーダーのボディガード2人がいかにアマチュアなのか)がとてもよく分かる。そして青豆との間にかすかにある友情のようなものも感じさせ、あの3人だけで小説が1本書けるのではないかという面白さだ(特に青豆の仕事の様子、リーダーを処理した後ポニーテイルが一瞬見せた暴力の予感の描写は素晴らしく鳥肌がたった。本当にこのハードボイルド部分だけで小説を作ってほしい)。
そして「ねじまき鳥~」にも出てきた牛河の再登場。あの汚らしさや胡散臭さは健在で、妙に愛着を感じる。そしてあの話し方は牛河の気持ち悪さや惨めさ怪しさを、彼の人相風体を表現する以上に表す。あの描写はすごいと思う。
それに比べて天吾は、青豆のような存在感の女性と惹かれあう男性である天吾はあまりにも特徴が弱い。ふかえりも若干奇をてらったような、映画で言うと感動させようとする音楽のような余計なものが感じられて、あまり感情移入ができない。ふかえりのあの奇妙なしゃべり方は悪くないのだけど、どこか設定が過剰な感じがして気になってしまうのだ。綺麗で不思議な少女なのだけど、そこには象工場で働く女の子のような美しさや、ユキのような儚く強い美しさが感じられない。そこに感情の起伏がないからかもしれないけれど、なにか物足りなさを感じる。

天吾とふかえりの関係

この2人は不思議な関係でつながり行動をともにするのだけど、その関係があまり魅力的でない。少し年の離れた二人はよく村上作品で描かれる。「ねじまき鳥クロニクル」の主人公と笠原メイ、「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公とユキ、その2人の関係性は親子でもなく恋人でもなく、主人公は圧倒的に彼女たちを保護しながら彼女たちにも保護され、そういった様子が奇跡的なまでに繊細に描かれている。それに比べて今回の天吾とふかえりの関係にはあまりそういったリリカルなものが感じられない(それは2人が肉体的に関係したからかもしれない)。そしてその行為の描写が、同じ非現実さで言うと「ねじまき鳥~」の主人公とクレタとの行為のほうが圧倒的に神秘的でどこか暗示的だった。ふかえりとクレタはどこか似ているけれど(触媒というか巫女というかそのようなイメージが両方ある)、やはりクレタのほうがキャラクターとしては魅力があるように思う。

読みながら時々感じる違和感

知的でクールで自分よりもルールを重んじる彼女は時として性的饗宴を必要とする。その設定はいいのだけど、青豆が男性をハントし、鈍感なその男性に痺れを切らして卑猥な言葉を交えながらたたみかけるように話す場面がある。それがどうしても青豆らしくなくて違和感がある。それは青豆の違う部分なのかもしれないけど、なにかちょっと違うような気がして気になった。あとあゆみとレズ的な絡みがあるけれど(もう一つ言えばお酒で記憶を失くすのも青豆らしくない)、あれはどこか男性的憧れの描写な感じがして現実的ではない。
あと、胸に関する描写がいささか多いような気がする。青豆の左右非対称な胸の形や、ふかえりの胸の形、ありとあらゆる胸の描写が多くどうしても気になった(そういえば「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」でも読み終えた後記憶に残ったのはクロの胸が大きいということだけだった)そういう違和感は多く、そしてそれは村上春樹の作品では感じないことでもある。
また今回の作品から、登場人物たちにとくべつな名前が与えられているように思う。今までの作品では名前はあくまで記号のような役割で大して意味を持ったものではなかったけれど、この「1Q84」では青豆、天吾、ふかえりと変わった名前が多い。個人的にはちょっと気になったところだ。
トータルで思うのは、この「1Q84」をハードボイルド部分だけ抜き出して読みたいということだ。天吾くんも(彼がまた結構もてるのも男性の憧れ的で気に食わないところだ)ふかえりもまた別の作品にしてもらって、青豆とタマル、老婦人あたりのこじんまりとした話を読んでみたいと切に思う。

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